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15話 後夜


「いないなぁ」

 野外会場は果てしなく広く、この人ごみの中で目的の人を見つけること自体無謀だったかもしれない。だが今日中にお願いをしておかないと、当日になって急にでは、それこそ絶望的だ。

「まあ、まだ一緒に来てくれると決まったわけじゃないんだけどね」

 コウが探している人物−フレアン−は、どうやらただの警備兵ではないらしかった。あちこちに国を渡っているようで、本当の彼を、きっとまだ知らない。だからなんとも言えないんだけれど、もしかしたら、もしかしたら、西国までとは言わずとも、港町くらいまでなら一緒に行ってくれるかもしれない。そんな自分勝手な期待を抱いていた。

 ひとり悶々と考え込んでいたせいで、コウの存在に怪しげな笑みを零す男がいたことに気づかなかった。

「よぉ、また会ったな」

 目の前に現れたのは、大柄の若い男で、顔つきからして意地悪そうな感じがした。しかしどこかで見覚えがあると思ったら、試験の時に色々とつかかってきた奴ではないか。あまり関わりたくなくて、こんな人知りません、といった顔をしてみたが、それが気に食わなかったらしい。男はいっそう笑みを深めた。

「忘れたのか、それとも忘れたふりしてんのか?
せっかく俺が声かけてやってんのによお」

「知らないよ。急いでるから、さよなら」

「待てよ! 逃げるのか?」

 そそくさとこの場を去ろうとしたが、男の後方にいた、複数の男どもと楽しそうに会話している少女がこちらに気づいた。彼女も見覚えがある。茶色の瞳と髪をもつ、少し大人びた少女のことを。少女は男共の輪から一歩抜け出て、こちを見据えてきた。

「あなた、もしかして以前、適正検査室前で会ったような」

「うん、たぶんね、貴方はナティアさんでしょう?」

「あら私、名乗ったかしら。こんな子に」

 ナティアは右手でゆるゆるの巻き髪を払いながら、鬱陶しそうにそう答えた。確かに、彼女の名前を直接聞いた訳ではなかった。だからその事に関して疑問を持ってもおかしくはないだろう。だが、仮にも同じ機関生なのだから、もう少し言い方というものがあるはずだ。そっと、誰にも気付かれないくらいの弱々しい息を吐き、ここは適当に誤魔化すのが得策だと、サラの名を持ち出した。

「サラからね。同じ魔導科だし、友達でしょ」

「はあ? 何それ。何か勘違いしてない?」

 彼女の声が急に低くなるものだから、今の会話で何か気に障るようなことがあったのかと思ったが、彼女は口元を吊り上げ、同年代とは思えない妖艶な表情を見せた。

「私とサラが友達とか思ってる? それだったら勘違いもいいとこよ」

 ナティアは身を乗り出し、人差し指で私の胸を指差し、躊躇いもなくこう告げた。

「あなたって、本当にお馬鹿さんね」

 喉の奥に言葉が詰まって、何も言えなかった。彼女はなぜそんなことを言うのだろうか。別に彼女の交友関係に興味があるわけではないのだが、単に同級生として、今の彼女の発言はどうかと思った。

「貴女さ、何が言いたいの?」

「分からない? サラってさぁ、馬鹿真面目で先生受けいいから、一緒にいると私の成績が上がるの。それだけよ」

 そう言って、彼女は高らかに笑った。そんな風に言う彼女をおかしいと思うこちらの方が、間違っているのだろうか。

「本当に変な子ねぇ。才能もない、外見も普通、加えておばか。最低ね」

 確かに自分には秀でたものはないし、外見も人様がうらやむほどではない。加えて……確かに、ばかだわ、全然見る目がない。彼女という人間を分かっていなかった。今はもう、頭も体もこの場から逃れることしか考えてなかった。

「そうだったの。じゃあね」

 その一言で関係が切れる。早く断ち切ってフレアンさん探したい。これ以上はこの子と関わりたくないと、足早に彼女の前を去る。けれど、周りにいた男達が立ち塞がった。

「どいてよ」

「は、嫌だな。自分の立場分かってんのか?」

 ここは、会場の端のほう。正門のすぐ近くだ。今日は検問官の警備が薄く、彼らもまた飲んで騒いでおり、誰が門を通ったかなんて、誰も知ることはなかった。


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あきゅろす。
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