30話 帰郷09
──アモン=シーモア並びにクリス=リーチェル、二名の帰国船が賊に襲われ行方不明。現在引き続き捜索中──
この文章を見て驚かない者が何処にいよう。加えて行方不明とされている人物が軽く挨拶に来たとあれば――
「まさか、幽霊……」
「こらこらリセイ、柄にも無い事言わないの」
アモンは困った様に反応した。目の前で話しかけられ、呆けていたリセイも漸く事実を受け入れる。
「ああ……本当に本物か。驚いたぞ、アモン。まさかお前が殺られるとは思っていなかったが、一体何があったんだ」
「それがもう聞いてよリセイくーん」
「気色悪い言葉使いは却下です、教皇」
「グレイ君は相変わらず手厳しいデスね……」
グレイの容赦ない言葉責めに若干傷つくアモンだが、リセイが何かを聞きたそうにしているのを察し、顔を向ける。
「クリスの事なら心配いらない。自宅に直帰させたから」
「そうか……」
「それで、何事ですか。賊に襲われるなんて前代未問ですよ」
グレイも真相を聞きたい様で、アモンは途端に表情を変えた。それは真剣そのもので、普段の彼からは想像もつかない程険しかった。
「乗船中突然何かの襲撃をくらった。俺とクリスは即座に対応したが、それ以外の者は殆ど殺られてしまった」
「お前が気付く間もなく、か」
「そ。それで取りあえず賊を数人拘束してみたけど、結局何も出てこなかった」
襲撃した者の素性を知らせる物は一切手に入れられず、捕虜として捉えた者も途中で自害してしまった。事の首謀者が誰なのかは判明せず、アモンも頭を抱える。
「貴方にしては随分な失態ですね、教皇」
嫌味を交えて言うグレイに、リセイははっとする。そして直にアモンを見やると、彼は口の端を僅かに上げていた。自分はこの顔を知っている。これは、何か別の面白い事に気付いたときの、挑戦的な表情だ。
「それ程洗練された動きであったという事だろう。既に賊の域を超えている」
リセイの話を聞いたグレイは、今まで拒絶していたアモンの存在を認め、何かを訴える様に目を泳がす。
「どこぞの国が絡んでるな、これは」
「まさか……東国が!?」
声を荒げるグレイを片手で制し、リセイは未だ妙な笑みを浮かべる男を見る。お互い何かを探り合う様に。
「……は、そんなに睨まないでくれ、リセイ」
「なら言え」
「はいはい、せっかちだなぁ」
面倒そうに首を傾けるアモンは視線を下に向け、リセイの耳元まで近寄り、そして。
「――見た事も無い戦形だった。あれは東西どちらでもない」
リセイにのみ聞こえる声で囁いたアモンは、もう一度笑顔を見せた。事実を知ったリセイは視線をゆっくり下に落とす。考え巡らし、行き着く答えに気付いた途端、思わず声を漏らした。
「まさか……」
傍に居たグレイはどんな会話が成されているのか予測出来ず、その苛立ちにより目を細めていた。だがリセイの驚愕する様子に、彼も表情を崩す。
「リセイ様?」
「……いや……」
グレイの言葉にも虚ろに反応するリセイは、二人に背を向けじっと何かを考えていた。
「教皇、何を話していたのですか」
「ん? あー、それはまあ、内緒」
「……ふざけてないで話して下さい」
いつもなら爆発しているところを抑え、アモンの言葉を待つグレイ。しかしアモンは言う気など毛頭無いようだ。
「取りあえずこんな所で呑気にお話している暇は無いって事かなぁ」
「は? それは……」
「アーク」
そう呼んだリセイの声は誰よりも重く厳しかった。リセイの呼び声に即座に反応した影者は、静かに主の元に跪く。いつの間にこの場に居たのかと、グレイとアモンは少し冷汗を流した。
「御前に、我が覇王」
「今すぐ南海岸へ人をやれ。船も何隻か用意しろ。二次帰国者を出迎える」
「御意」
アークは深く頭を下げると早々にその場を去り、リセイの言う通りに事を運んだ。グレイも彼に続いて主の元を離れ、役目を果たす。その間もアモンは頭を掻き、また呟いた。
「本当に狙われてるのは誰だろうね」
「さあな」
リセイはそう返事を返すと、足早に大堂院を去った。その後ろ姿を見つめるアモンは、まだ笑顔でいたものの心中は穏やかではなかった。
「これからお前がどうするか、それにより帝国の行く末が決まる。頼むぞ、リセイ」
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