〜龍と刀〜
影の主V
白銀の言葉に、二人共首を傾げる。
「繰影術は比較的近代に入ってから使用され始めた魔術だ」
「白銀?それはどういう意味だ?」
話している最中でも警戒は解かない。目は常に紗姫を捉え、耳は白銀の言葉に傾ける。
「つまりだ……繰影術はまだ完全な形を成していない。不完全な術式。それが何を意味するか……分からないはずは無かろう?」
「不完全な術式は、精神を焼き身体を蝕む。そんな事、とうの昔に知ってたわよ。でもね、逃げる訳にはいかないの」
紗姫は分かりきっている、という顔をしていた。当然だ。自分の使う魔術なら、その特性や心身に掛かる負担まで理解しなければ、自身を滅ぼす事になってしまうのだから。
「なんでそんなリスクを背負う必要がある?」
率直な疑問。
陽の使う龍化もかなり負担が来る。それでも、龍化の場合は体を元に戻すというのが本質だ。出来損ないの繰影術とは違う。
「龍神君にはわからないかもね。自分の家が無惨に焼き払われるのを、ただ見てるだけの悲しみなんて」
震える紗姫の声。そこには、悲しみだけではなく怒りや憎しみといった、負の感情が込められているのを感じ取れる。
布が擦れたような音、その後に地面を抉る音が耳に入った。繰影術の人型が一斉に動き出したのだ。
「……龍族や鬼族(キゾク)みたいな力も無ければ、鳥翼族(チョウヨクゾク)みたいな美しさがある訳でも無い−−」
人型が陽の視界から消えた。そういう風に見えたのは、紗姫が大剣の切っ先を陽に向けて突き出したから。
放たれた剣閃は、陽の右肩を鋭く斬る。破れたシャツから流れる血液。
「−−あるのは生き残るための知恵だけよ!」
血の付着した大剣を軽々と振って、再び構え直す。
だが、繰影術のせいもあるのか、消耗が激しいみたいだ。額には玉のような汗が浮かび、その一つがツーっと紗姫の頬を伝い落ちた。
陽は気付いた右肩をかばいながら、片手で白銀の切っ先を向ける。
「生き残るための知恵だ?……お前の言ってることは大分矛盾してるぞ」
白銀を握る左手に力を込め、集中。溜め込んだ水気を圧縮して刃の形にする。
「そんなに生きたいんだったら繰影術なんて捨てろよ!」
迸る痛みを堪え、両腕を高々と上げた。そしてそのまま、重力に任せて振り下ろす。限界まで圧縮された水の刃が木々を切り裂き、人型を消滅させ、紗姫へと飛ぶ。
飛来する水の刃を大剣の腹で防ぐが、勢いは衰えるどころか、段々と増しているように感じた。体は徐々に押され、後退させられる。気を抜けば、弾き飛ばされそうになるくらいだ。
その水の刃が突然破裂。
「戦い方、真似させてもらったぜ」
形勢逆転だ。陽は今の数秒の間に、紗姫の背後へと回り込み、その首筋に白銀を当てる事で情報を得ようとした。
「聞かせろよ?こんな事をした理由、その他諸々」
「さっきと逆になっちゃったわね……でも、話すかどうかは私の自由よ」
「お前……この状況で良くそんなに余裕があるな?」
陽はこの時、完全に忘れていた。紗姫の繰影術がどんな能力だったのかを。
「後ろだ!」
白銀も気付くのが遅れた。遅すぎたのだ。陽が紗姫に近付いた時に気付くべきだった。
「触れた物体の……影を繰る、か」
「そ。それが私の繰影術よ」
手足が、陽自身の影によって拘束される。大の字に吊された陽は、影に腕を圧迫され苦痛に呻きながら、白銀を取り落とす。
「今回も、私の勝ちのようね」
まだ笑う余裕が残っていた紗姫。
陽は敗北感と共に目を閉じた。
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