〜龍と刀〜
十二月第一週の休日[
「地区大会決勝戦。優勝者は龍神という名前でした。しかし彼は次の大会への出場権を破棄しました。お陰で準優勝以降が繰り上げになりました」
彼女が言うのは陽の過去の実績。どうしてもこの辺りに居る剣道関係者はその、いわば事件を話したがる。だが、だからこそ思い出せそうなものもあった訳だが。
「ああ!」
記憶の一部にどうやら引っ掛かったようだ。
「え?何?」
「直接的な知り合いじゃないけどね。弟が世話になったよ」
「そ、その件はどうも……」
陽は剣道の大会で優勝した。しかし剣道では自分の力を全部発揮出来ないと分かっていたのだ。だから辞退した。そして彼女の言うように繰り上げで出場者が決定。きっと門田春斗という人物は、その時の対戦相手。しかし顔は思い出せない。悪いとは思ったが、試合内容も。
「別にあの子が君に負けたのは事実だし。でもそのお陰で今は結構強いのよ?」
「それは……結果オーライってやつですか」
「まあね。推薦貰って他県の高校で期待の新星やってるよ。君は、剣道は?」
「ぼちぼちやってますが……」
実際にはほぼ剣道には触れていない。だがここではやっている体で言っておこう。
「お、じゃあ今度私とやらない?」
「何をですか!?」
「ねえこの熊どうすれば良いの?」
「無視で良いです」
時折口を挟んでくる井上は流してもらうように言っておかなければならない。セクハラ発言で話が拗れてしまうからだ。ただでさえ今は熊なのだから。
「何か、楽しそうだねー」
先程から蚊帳の外になっていた薫子は何やら不満があるらしい。陽としては成績の話を振られないので正直助かっていたのだが。
「え?嫉妬?」
「なっ!違うってば!どうしてそういう事言うの!?」
「楽しいからに決まってるじゃん?」
「酷いよそれ……」
この一言で確信する。この人は自分と同じタイプの人間である、と。
「あの、そう言えば名前は……」
「何だと思う?」
「……門田さん、で良いですか?」
「それじゃあこの子も、弟も入っちゃうじゃない」
「門田ちゃんに、門田君、それに門田さん……これで三人分けられましたよ?」
何故だか牽制しあっているような感覚に陥ってしまう。特にそうするつもりも無いのだが。性格が近いからかどう相手を弄ってやろうかと思考が働いているのだろう。見えないある意味剣劇である。
「なかなかやるね」
「頭は良くないですがね」
「ふぅ……千秋だよ。この子は夏海ちゃん。もう一人出来たら冬って字を入れるんだって父親が言ってた。まったくあの年で元気な親だよ」
十分楽しんだのか名乗ってくれた。そしてあまり要らない上方も混ざっていたが、そこは笑っておこうとする。しかしそんな事、井上がさせる訳がなかった。
「じゃあ出来なかったら子供に付けるんですか?相手が居なければ俺が――」
「お前は黙ってろって言ってるだろ?急に出てくるなよ」
「それなら私としては龍神君が欲しいところだけどね〜?」
にやにやと言いながら薫子に視線を投げる。この手の話題は苦手なのか顔が真っ赤だ。
「だ、ダメだよ!そういう不健全なのは!」
「え?別に私先生じゃないから良いんじゃないの?」
「そういう問題じゃないよ!そろそろ帰るよ!」
「あーちょっと待ってよ……ごめんね?あの子照れ屋だから」
怒涛のペースに付いて行けなかった陽。空返事をしておく事に。
「連絡先交換しようよ龍神君」
「まあ別に良いですが……」
「おぉ龍神ズルい!俺も!」
特に断る理由も見当たらないので、ポケットから携帯を取り出し、慣れた手つきで操作。ものの数秒で交換完了だ。井上は熊のせいで携帯を取り出せないみたいだった。
「それじゃあ、弟にもよろしく言っとくよ。ほら、ばいばいしなさい」
「クマさんばいばーい!」
「どうしてだろうな龍神、悲しみって感情がある理由」
言うとすぐに歩き出す門田姉妹を見送りながら井上は悲壮感漂う目になっていく。
「それはお前がぬいぐるみをゲットしたからだ」
「これお前が取らせたんだよ!?」
「知るかよ。腹減って辛いから早く行こうぜ?あ、中島忘れてたわ……」
立ち話に夢中になってすっかり頭から抜けていたが、中島に席を守って貰っているのだ。きっと何も頼まずに座っている事だろう。そう考えると不憫である。
「まあメガネだし」
「そうかメガネなら仕方ない」
そしてここでも謎の理論で中島の事を忘れていた理由を正当化。ただの現実逃避かも知れなったが。
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