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式神の城
【日向×美姫】本日はブラックデー・2



 今日は休日なのでゆっくり眠っていても良かったが、それよりも休みを満喫したい気持ちの方が強い。
 金美姫は、夜勤明けにも関わらず12時過ぎに目を覚まし、身支度を整えて家を出た。
 そして銀座辺りに出て買い物をしようと、駅に向かった。
 玄関のドアを開けた途端、少々の寝不足が祟って日差しが眩しく感じたが、構わず足を進めた。
 駅前の通りに出ると、格段的に人が増えた。
(全く、人が多い)
 のんびりと歩く通行人を颯爽と追い抜きながら、美姫はすたすたと歩いていく。




 その足が、一軒の店の前で止まった。
 店先には、1枚の貼り紙が貼られていた。


本日4月14日はブラックデー

チャジャン麺(大盛)
¥300


注意! 黒い服をご着用ください。



(ガルガムの策略め……!)
 美姫は貼り紙に向かって、力の限り眉を潜めた。
 どうしてこの『ガルガムの卑屈なる策略』がここ数年で大流行してしまったのか、美姫は腹だたしく思った。
(そもそも、こんなくだらない策略を見抜けない奴も奴だ。こぞりこぞって黒い服着て、チャジャンミョンなんか啜りおって……)
 美姫は顔を上げると、ガラス越しに黒い集団を睨みつける。


 その視線が、一人の男性に釘づけになった。
「げっ……げんの……っ!?」
 見間違える訳がない。
(何故お前がここにいるっ!? しかも女と一緒だと……!?)
 目の前で日向が、女性に微笑みかける。
 その途端、何かが弾ける音がした。
 感情に支配され、それ以上何も考えられない。
 美姫は店内に飛び込んだ。


◆◇◆◇◆




(まいったな……)
 突然の相席に、正直、日向は困惑していた。
 笑顔で自分を見つめる彼女は自分に好意的の様だし、それになかなかの美人だ。歳は25前後だろうか。本命がいる身としても、悪い気はしない。
 ただ……、


「ソンハミ オットケ テセヨ? ミョッサリセヨ?」
(何を言ってるのか、さっぱりわからん……!)
 音の感じから、韓国語であることだけはわかる。美姫や大正らが韓国人同士で話している時の発音と、よく似ているから。
(こんな時に美姫がいたら……、いや、いたらタダじゃ済まされんだろうな)
 こっそりと苦笑した。
(こんな時に金さんがいればな〜)
「? ソンハミ ハングルマル ハルチュル アセヨ?」
 何も言葉を返してこない自分を、不思議そうに彼女は見つめている。
「あ、その……」
 日向は場を取り繕うと、彼女に笑いかけた。


「げんのじょぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」
 日向が声の方に顔を向けると、白い影が見えた。
(美姫っ!?)
 白い影だと思ったのは、ギッ!と自分を睨みつける美姫だった。
 そう気付いた瞬間、

バチィィィィィィィィンッ!!

 割れる様な激しい音と共に、彼の左頬に激痛が走った。
「ぐが……っ」
「こ〜んのっ、浮気者〜〜〜〜ぉっ!!!!!!!」
 頬を殴る音と美姫の絶叫に驚いた店内が、しんと静まり返る。
 顔を真っ赤にして自分を睨みつける美姫を、日向は真っ赤に腫れ上がった頬を押さえてただ呆然と見つめた。
「お前という奴は……!」
 美姫の両の拳が、ふるふると震えている。
「いきなりだな、アンタも……」
「黙れっ!! ペシンジャッ!! イカッ!!(裏切り者!! 浮気者っ!!)」
 日向が韓国語がわからない事は知っている。しかし感情が抑え切れず、日本語が出てこなかった。
 突然の美姫の乱入に、日向と同席していた女性は、おろおろと二人を交互に見た。
「ソンハミ……エイン エヨ?(貴女……恋人なの?)」
「アニョ!!!!(違うわぁいっ!!!!)」
 美姫に怒鳴り付けられて、彼女は小さくなる。
「ミァ……ミアナムニダ〜ァッ!!(ごっ……ごめんなさ〜いっ!!)」
 謝罪の言葉を叫ぶと、慌てて女性は駆け出し、店を出ていった。


 走り去る彼女を一瞥すると、美姫は再び日向を睨みつけた。
「ウェ ヨギヌン チャジャンミョン モンモゴセヨ!?(何故ここでチャジャン麺なぞ食っているっ!?)」
「なあ、頼むから日本語で話してくれ。俺は韓国語はわからないんだ、知ってるだろう?」
 まだ痛む頬に手を当てながら、日向は椅子に座り直す。
「ほう、韓国語も知らずにナンパをしていたのか、お前は?」
 口調は落ち着きを取り戻したが、美姫の表情は更に険しくなった。
「誤解されちゃ困る。俺はナンパなんかしていない。向こうが勝手に座ってきて、言葉が通じないから、俺は断れなかったんだ」
「この期に及んで、何を言っている?」
「本当なんだ、信じてくれ」
「ほぅ」
 美姫は腕を組み、胡散臭そうな目で日向を見る。
「ならば、何故ここでチャジャンミョンをすすっている?」
「安かったから」
「はぁっ!?」
「考えてもみろ、300円でたらふく食えるんだ。食べた方が得ってもんだろう」
「腹を満たす為なら、お前はナンパもするのか?」
「だからナンパなんかしてないって、何度も言っているだろう」
「馬鹿な事を言うな。ならば何故、今日チャジャンミョンをすすっている?」
 日向は深く溜め息をついた。
「同じ事を何度も言わせないでくれ。今日は安くチャジャン麺を食べさせてくれるみたいだから、有り難く食べていただけだろうが」
「ま、待て……!」
 訳がわからない。
 美姫は真相を探る為に、今まで以上に日向の顔を見つめた。そして一言ずつ、言い聞かせる様に口にした。
「今日は、ブラックデーだ。わかっているのか?」
「チャジャン麺の特売感謝デーじゃないのか?」
 驚く美姫の目に、壁に貼られている、先程見たものと同じ貼紙が目に入る。
 努めて冷静になって、状況を理解しようとした。
「知らないのか、ブラックデー?」
「すまないが教えてくれないか? どうやら俺は、とんでもない過ちを犯した様だ」
 日向はブラックデーの事を何も知らずに、値段に釣られてチャジャン麺を食べた。ただ、それだけなのだ。
 ようやく理解すると、美姫は深い溜め息をついた。
「この馬鹿男が……」
「失礼するよ」
 テーブルに水の入ったグラスが置かれる。
 見ると、年配の韓国人女性店員が美姫に優しく笑いかけた。そして二人を見ると、流暢な日本語で話しかけた。
「まだ日本じゃ流行ってないみたいだね、ブラックデーは。お兄さんも災難だったね。
 さあ、大声を出したから喉が渇いただろう。注文は後で聞きに来るから、まずはゆっくり飲みなさい」
 迷惑をかけてしまった以上、従うしかないか。
 気まずそうに美姫は席に着いて、グラスを口に運んだ。

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初出 2008/05/05 Mixiの日記より



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