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式神の城
【エミリオ&バトゥ】クリスマスには、クマ・1



 遠く東欧の小国より、大人と子供が一人ずつ、はるばる日本までやってきました。
 大人の名前はバトゥ。お医者様になる為に、学校に行って勉学に励んでいます。
 子供の名前はエミリオ。立派な伯爵になる為に、魔女の元で暮らしながら様々な事を学んでいます。
 慣れない土地での、慌ただしい毎日。
 二人はそれぞれの目標の為に頑張っていました。

 さて月日は流れ、季節は12月。
 もうすぐクリスマスです……。


◆◇◆◇◆



『えっ? 欲しいもの?』
 携帯電話越しに久しぶりに聞くエミリオの声に、バトゥは言葉を濁した。
「はい、何か……ありませんか?」
『? どうしたの?』
「いえ……」
 気恥ずかしさに、つい口ごもった。
 視線が無駄に辺りを泳ぎ回る。
 休日の校舎は昼間でも人通りが少なく、自分がいる階段の踊り場を通る者は人もいない。
 その事は非常に幸いだ。エミリオに返す言葉を探しながら、同時にバトゥはそう思った。特に、年若い同学部の連中に見つかりでもしたら、後で何を訊かれるかわかったものではない。
「その……」
『もしかして、クリスマスプレゼント?』
 バトゥの動きがぴたりと止まった。
 しばしの沈黙の後、ようやく口を開く。
「ええ、まあ……」
 すると、無邪気な笑い声が返ってきた。
『あははは。いいのにバトゥ、気にしないで』
「しかし……」
『それより、24日のパーティーは必ず来てよ』
「はい、それはもちろん」
 24日のクリスマスイブの晩、ふみこの屋敷でクリスマスパーティーが行われる予定で、バトゥも招待されている。
『約束だよ。イブの晩にパーティーを開くなんて、日本は面白いね。あのね、ミュンヒハウゼンさんが、大きなケーキを焼いてくれるんだって!』
「それは楽しみですな」
『うん! 日本ではクリスマスにケーキを食べるんだね。バトゥは知ってた?』
「いえ、初耳です」
『僕もだよっ』
 招待状を自分に手渡した時のエミリオの楽しそうな顔を、男は思い出した。
 パーティーなど騒がしい事は苦手な彼だったが、エミリオが楽しみにしているなら参加しない訳にはいかない。
『あとね〜』
 受話口から聞えてくる、年相応な無邪気にはしゃぐ声。
 男の顔に、自然と笑みが浮かんだ。


◆◇◆◇◆



 バトゥが大学を出た頃には、日はすっかり暮れていた。
 時刻は4時半を回ったところだが、曇り空である事も手伝い、夜中の様に辺りは暗い。
(もっと寒ければ、雪が降りそうだな)
 日本は暖かい国だ。そんな事をふと思いながら、バトゥは歩き出す。
 普段なら大学に程近い場所に借りているアパートに直帰するのだが、今日はここから最も近い駅にあたる大久保駅へ向かった。
 歩きながら、先程のエミリオとの会話を思い出す。
 彼は、プレゼントはいらない、と言った。気を遣わせてしまったのだろうか。
(しかし、そう言われてもな……)
 プレゼントを用意しない訳にはいかない。
 親愛なる彼に、どうしても何かプレゼントしたいのだ。
 ただ、何をあげればいいのか検討がつかない。息子はエミリオよりもずっと幼くして亡くなってしまった。あの位の年頃の子供は何が欲しいのか、彼には解らなかった。


 あれこれ考えながら、何もひらめかないうちに駅前に到着する。
 その視界に青い大きな光が飛び込んできて、男は思わず足を止めた。
 それは、澄んだブルーのランプで輝く、1本のツリーだった。
 駅前の通りは、すっかりクリスマスに彩られていた。
 ロータリーの中央にある植え込みにはブルーのツリーが輝き、それを囲むように置かれたトナカイやサンタクロース、星のイルミネーションがキラキラと輝く。低木にも金色のランプが取り付けられ、ロータリー一帯を明るく賑やかに照らしていた。
 店先にもツリーが飾られていて、チカチカと小さなランプが煌めいている。
 どこからともなく流れてくる、楽しげなクリスマス・ソング。
 夕刻の人通りの多さも手伝い、まるで祭が行われているかの様だ。
 バトゥはしばらくそれを眺めた。
 電気の供給を他国に依存しているアルカランドでは、イルミネーションを楽しむ習慣はない。家ごとにクリスマスツリーやリースを飾る事はあっても、ああもきらびやかにはしない。
(そう言えば、クリスマスを祝う事など何年ぶりだろう)
 目の前の光が、バトゥには酷く眩しく感じられた。


(全く……どうかしている)
「あれ、おっさん?」
 振り返ると、光太郎と小夜が立っていた。
 二人は手を繋いでいる。
 全く、仲が良いものだ。そうバトゥは思った。
「こんばんは、バトゥさん」
「何してんだよ、こんな所でつっ立って?」
「いや、ちょっとな」
 ふと、バトゥは二人をまじまじと見つめた。
(若君に年が近いし、参考になるかもしれんな)
「どうしたんだよ、おっさん?」
「いや……、プレゼントはどういうものがいいのかと思ってな」
 自分なりにさりげなく訊いてみる。
「プレゼントですか?」
「へへっ、そりゃもちろんっ!」
 光太郎が右手の人差し指を、ピッと上げる。
「熊だろっ、熊っ!」
「…………熊?」
 バトゥは眉間に皺を寄せた。
「だってさ、外国じゃ、子供には熊のぬいぐるみをプレゼントするって聞いたぞ」
「どこの風習だ、それは? アルカランドにはそんな風習はない」
「えっ、そうなのか?」
 相談する相手を間違えた、と感じ、バトゥは溜息をついた。
「何だおっさん、エミリオへのプレゼントが決まらなくて、ここでたそがれてたのか」
「そうだったんですか?」
「違うっ」
 図星を指され、速攻で否定する。
 やはり相談する相手を間違えた。バトゥはつくづくそう感じた。


「これから帰るところだ。お前達こそどうした?」
「これから福引しに行くとこ」
「フクビキ? 何だ、それは?」
「くじ引きだよ。くじを引くんだ」
「クジ?」
「ん〜と……ルーレットとかビンゴとか、そんな感じのやつ。
 当たったら食べ物とか電化製品とか、色んなものがもらえるんだ」
「駅前の商店街でお買い物すると、券がもらえるんです。6枚集まると1回引けるんですよ」
 小夜がピンク色の紙の束をバトゥに見せた。
「依頼主さんがくれたんです」
 にこにこと笑いながら、小夜が言う。
「依頼料の代わりなんだって。あ、エミリオよりもずっと小さな女の子なんだ、依頼主って」
 光太郎が言うには、母からお使いを頼まれて家を出たはいいが、財布を落としてしまい、途方に暮れてH&Gを頼ってきたらしい。
「それでお財布を見つけたお礼に、お使いでもらった福引券を分けてもらったんです」
「そうか……」
 確かに金にはならない依頼かもしれない。
 しかし、それを引き受けるのは、いかにもあの探偵事務所らしい。
「良かったな」
 笑顔で話す二人の笑顔を見ながら、バトゥはすぅっと目を細めた。
「はいっ」
「ああ! 福引券もちょうど6枚揃ったし、これで一回引けるぜ」
「楽しみですね」
(そう言えば……)
 バトゥは財布を取り出して、中を覗く。確かこの前、買い置き用の酒を買いに行った時、レシートや釣り札と一緒に、自分も似た様な紙切れをもらったのを思い出した。
 レシートのすき間から数枚の紙を引き抜いて、二人に見せる。
「これもそうか?」
「わぁ、こんなにたくさん」
「おっさんも貯めてたのか?」
「違う。酒を買ったら釣りと一緒に渡されただけだ。お前達にやる」
「いいのか、おっさん?」
「俺には不要の物だ」
 光太郎は券を受け取ると、枚数を確認する。
「……って、おっさん、酒代にいくら使ってるんだよ」
 光太郎達が持っているピンク色の福引券――正確には『福引補助券』という――が3枚の他に、1枚で1回引ける青い福引券が2枚あった。
 500円ごとに福引補助券が1枚、3千円ごとに福引券が1枚もらえる事になっているから、つまりバトゥは一度の酒の購入に対し、相当の額を使っている事になる。
「全く、医者の卵なんだからさ、少しは健康に気を遣えよな」
「ふん、インスタント食品で生きているお前に言われるのは心外だ。じゃあな」
 バトゥは二人に背を向ける。


「あぁっ、ちょっと待てよ!」
 光太郎に呼び止められ、バトゥは振り返る。
「何だ?」
「これで俺達のも含めて3回引けるからさ、おっさんも引いたら?」
「いや、俺はいい」
「初めてなんだろ、福引? だったら一回やってみろよ。二人で3回だとさ、どっちが2回引くのかで喧嘩するかもしれないし」
「あの、私からもお願いします。私、光太郎さんと喧嘩したくありません」
「あのな……」
 二人から懇願の眼差しで見上げられ、バトゥは大きく息を吐いた。
「わかった。参加しよう」
「やったー!」
 早くも当たりを引き当てたかの様に、光太郎と小夜は顔を見合わせて喜ぶ。
(やれやれ)
 バトゥはもう一度、大きく息を吐いた。




「じゃ、行こうぜ」
 二人に連れられて、バトゥは福引所に向かう。
 歩いていくと商店街の一角にテントが張られていて、そこからカランカランと、聞き慣れない鐘の音が聞こえた。
「おっ、誰か当たったのか?」
 と、光太郎が弾んだ声を上げる。
 テントの中を覗くと、バトゥが初めて見る光景があった。
 先程、光太郎が『ルーレットとかビンゴとか、そんな感じのやつ』と言っていたので、集団で行うものを想像していたが、そうではなかった。
 奥の棚に陳列されている、パソコンや、オーブントースター、箱に詰められた食料品などの様々な賞品。
 その手前に置かれたテーブルの上で、若い男性がオレンジ色の丸いリールの様なものを回していた。
 回す度にザーと音が鳴り、中から玉が一つ飛び出して、下にある受け皿に転がり落ちる。そして係らしき中年の男女がそれを覗き込んでいて、時々女性が鐘を鳴らしては何かを喋っていた。
「特賞はパソコンか。凄いな〜」
「5等は洗剤セットか、クッキーの詰め合わせなんですね」
 光太郎と小夜は、棚に並べられた商品を楽しげに眺めている。確かにあのラインナップなら、引くのが楽しみになるかもしれない。バトゥには興味は無い物ばかりだが、高そうな物も置いてあるのでそう思った。
 壁に目をやると手書きの大きな賞品のリストが貼られていて、その左側に書いてあるカラフルな丸から、これと同じ色の玉が出ればその賞品がもらえるのだと、バトゥは理解する。
「はい、こちらが5等のクッキーの詰め合わせと6等のラップ、残念賞のティッシュです」
 くじを引いていた男性が、賞品をを受け取って去っていく。


「次の方、どうぞ」
「あ、俺達の番だぜ。おっさんからどうぞ」
 ここまで来て何だが、あまり気乗りがしない。
 光太郎に押される様に、男は前に出た。
 光太郎が係の男性に券を渡す。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……、と。はい、では3回引いてください。って、え〜と……あ〜、でぃすいず……」
「おっさん、これ回せばいいんだぜ」
「見ていてわかったから、いちいち言うな」
 光太郎が横から口を挟むと、係の男性は安堵の表情を浮かべた。
「あ、ゆっくり回してください。早く回すと、玉が出てきませんから」
「バトゥさん、頑張ってください」
(回すだけなのに、何をどう頑張れと言うのだ?)
 小夜の言葉に対して心の中でツッコミを入れながら、バトゥは器具のハンドルを掴み、ゆっくりと回す。
 ザー、という音に続いて器具から玉が飛び出し、受け皿の上に落ちた。


「1等賞です! おめでとうございま〜す!」
 と言うと、係の女性が思い切り鐘を振り鳴らす。
「やったぜ!」
「バトゥさん、凄いです!」
 光太郎と小夜が手を叩いてはしゃぐ。
 しかしバトゥは冷静に、落ちた銀色の玉を見つめていた。
(やれやれ)
「おめでとうございます! 1等は……」
 係の男性が棚に小走りに近づくと、何か大きな茶色いものを運んできた。
「こちらです!」
 テーブルにその何かが置かれる。
 それを見て、光太郎と小夜が更なる歓声を上げた。
「やったな、おっさん!」
 はしゃぐ二人とは対照的に、バトゥはがっくりと肩を落とした。


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初出 2008/01/11 Mixiの日記より



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