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式神の城
【エミリオ&バトゥ】クリスマスには、クマ・2



「所長、ただいま〜」
「ただいま戻りました」
「お帰り。何かいいものは当たったか? ――ぶはっ」
 入ってきた面々を見て、思わず日向は吹き出した。
 バトゥはムッとする。
「笑うな、探偵」
「いやぁ、すまん。あまりに不似合いなもので」
「俺だって好き好んで当てた訳じゃない」
「そうかそうか、いやぁ、すまんすまん」
 そう言いながらも、まだ日向の笑いは収まらない。こらえようとして、ひぃひぃ言っている。
 そこには、にこにこと笑ってラップを手にしている光太郎と、同じくにこにこと笑ってポケットティッシュを両手で持っている小夜。
 そして、むすっとして大きな茶色い熊のぬいぐるみを片手に抱えている、バトゥがいた。
「バトゥさんが1等を当てたんです」
「1等か。それは凄いな」
 ようやく笑いが収まった日向が、改めてバトゥを見る。
「あれ? 確か1等だったら、他にも賞品があっただろ。Wiiか何かが?」
「そっちはもう他の人が当てちゃっててさ」
 何故ゲーム機が先に持って行かれてしまったのか。バトゥは自分よりも先に1等賞を当てた者を恨んだ。
(ゲーム機なら、若君にプレゼント出来たのに)
 ゲーム機をもらって喜ぶエミリオを想像し、バトゥは大きな溜息をついた。
「それで、おっさんは熊たんなんだ」
「『たん』はやめろ、『たん』は」
 苦々しく言葉を吐くと、バトゥはずかずがと応接用のソファに近づき、熊のぬいぐるみを置く。


 日向は熊に近づくと、しげしげとそれを見下ろした。
「こうして見ると、随分と大きなぬいぐるみだな」
 長身のバトゥが抱えていた為、今ひとつ大きさが掴めなかったが、5歳児程の大きさはある。
 ふわりと柔らかそうな茶色の長い毛足。黒いつぶらな瞳には透明感があるので、ガラス製のボタンを使用していると思われる。顔立ちも整っているし、ただ大きいだけではなく、そこそこの値がするものだという事は見て取れた。ゲーム機と同じランクの賞品であるのも、頷けるかもしれない。
「こりゃ女の子が見たら、さぞかし喜ぶだろうな」
「よしっ、記念撮影〜、とっ」
 ぬいぐるみの向かいのソファに腰を下ろすと、光太郎が携帯電話を構える。
 カシャッ、と小さな音が響き、光太郎は隣に腰を下ろした小夜に撮れた画像を見せる。


「あのバトゥさん、熊さんに触ってもいいですか?」
「あ、……あぁ」
「ありがとうございます」
 光太郎が身を乗り出してぬいぐるみを取り、小夜に手渡した。
 小夜はぬいぐるみを膝の上に乗せると、そっと頭を撫でる。
 白く細い指の合間から、茶色い毛が頭を覗かせた。
「うわぁ、ふわふわしてます」
 うっとりと小夜がつぶやく。
「どれどれ」
 日向も真似して、耳の辺りに触れてみる。
「へぇ、こりゃまた随分といい手触りだな」
 携帯電話の操作を終えた光太郎はバトゥを見上げると、ニカッと笑った。
「良かったな、おっさん」




 盛り上がる三人を見て、バトゥは鼻を鳴らした。 
「ふん、俺はこれで失礼する」
「おいおいバトゥ、ちゃんと熊五郎を連れて帰れ」
「あ、ごめんなさい」
 小夜が慌ててぬいぐるみの頭を撫でていた手をどけ、立ち上がる。
「ありがとうございました」
 すると、差し出されたぬいぐるみを、バトゥは小夜に押し返した。
「? バトゥさん?」
「これはお前達にあげた券で当てた物だから、お前達の物だろう。返す必要はない」
「えっ?」
 きゅっ、と、小夜は腕の中のぬいぐるみを抱きしめる。
「勘違いするな、俺は運んだだけだ」
「何言ってんだよっ、おっさん!」
 と叫ぶと、光太郎は勢いよく立ち上がる。
「熊たんはエミリオにあげるんだろ!!」
「はっ?」
 光太郎の言葉にバトゥは驚き、柄にもなく声をあげた。
「何故そうなる?」
「プレゼント決まってないんだろ? だったらちょうどいいじゃないか。なあ、小夜たん?」
「えっ?」
 いきなり光太郎に同意を求められ、小夜は驚く。
「え……ええ、はいっ」
 が、すぐにこくこくと頷いてみせた。
「そうですよ。きっと伯爵も喜ばれると思います」
「だろ」
 光太郎は自信たっぷりに頷いた。
「バトゥ、プレゼントが安く済む事ほど、良い事はないぞ〜」
 日向が何ともうらやましそうな目で、こちらを見る。
 何となく日向の事情を察したが、だからといって、うらやましがられるのはどうだろう。そうバトゥは思った。
「だったら、お前が娘か誰かにあげればいいだろう」
「いや〜、うちのはちょっと……。あと、もう一人の方も……」
(『もう一人』はともかくとして、あの少女はぬいぐるみを好まないとはな。いつも兎を連れているから、これも気に入るだろうと踏んでいたのだが……)
 バトゥは日向と薙乃の関係を、もっと言ってしまえば、薙乃自身の事もよくわかっていない。だからそう推測した。
 いずれにせよ、これで一つ宛てがはずれた訳だ。バトゥは溜息をついた。


「ほらな、やっぱりエミリオに渡すべきだろ」
「あのな、若君は男だ。ぬいぐるみなんかもらったって、喜ぶはずないだろう」
「そんなの、あげてみないとわかんねぇだろ。
 想像してみろよ、エミリオがこの熊たんをもらって大喜びしているのを」
「想像しろ、って……」
「気に入って、一緒に寝るかもしれないな」
 と、日向が続く。
「一緒に……」
「そうですね、一緒に仲良く遊んだりするかもしれませんよ」
 と、小夜も後に続く。
「遊ぶ……」
「どうなんだよ、おっさん?」
 バトゥはしばらくの間、じっと黙って考えた。
「……………………確かに、喜ぶかもしれない」
(よっしゃぁっ!)
 口元がほころんでいるバトゥに、一同は満足げに笑みを浮かべた。
「だがしかし、若君は……」
「この期に及んでまだ言うか、アンタは」
 バトゥは小夜の腕の中にいる熊を、ちらりと見る。
 小夜の肩に頭を寄せる様に抱き締められているせいか、ぬいぐるみは少しだけ上を見上げている。
 小夜と同じ様に、まるで懇願するかの様に自分を見上げている様に見えて、バトゥは溜め息をついた。
 まだ10歳だし、もしかすると先程の想像の様に、若君も喜ぶかもしれない。
 しかしその美しい容姿のせいで、少女だと勘違いされる事を嫌う彼の事だ。女子の様にぬいぐるみをプレゼントされて、嫌がる可能性の方が遥かに高い。




「だったらさ、本人に聞いてみろよ」
「は?」
 光太郎は携帯電話を取り出すと、カチャカチャと操作をし、耳に当てた。
「あっ、エミリオ、俺、光太郎だけど」
 止める間もなく、エミリオに繋がってしまい、バトゥは渋い顔をする。
「……見た? おっ、そうか」
 光太郎は、笑顔でうんうんとうなづいている。
「じゃ、おっさんに代わるから、ちょっと待ってろ」
 光太郎は、携帯電話をバトゥに向ける。
「おっさん、おっさん」
 携帯電話を受け取ると、バトゥは耳に当てた。
「若君?」
『バトゥ? こんばんわ!』
 非常に明るい声が返ってきた。
『すごく大きなぬいぐるみだね!』
 バトゥは目を見開いた。
「何故それをっ?」
『コータローさんがね、写真を送ってくれたんだ』
 光太郎を見ると、彼は満面の笑みを浮かべてVサインをしている。
(いつの間に?)
 そういえば、熊を撮影した後も光太郎は、しばらく携帯電話を操作していた様な気がする。
 呆気に捕られている自分の耳に、エミリオの弾んだ声が届いた。
『あんな大きなぬいぐるみを当てるなんて、すごいや! 今度見せてね!』
「いえ……よろしければ差し上げましょうか?」
『本当っ? ありがとう!』
 『ありがとう』の一言に、バトゥの表情が柔らかくなった。
「いえ。今度お会いする時に、お持ちします」
『ありがとう、楽しみにしてるね!』
「では、私はこれで」
『うん、さようならバトゥ』
 電話を切る。


「決定だな」
「良かったですね、バトゥさん」
「全く心配しすぎなんだよ、おっさんは」
「ふんっ」
 光太郎に携帯電話を返す時には、再びバトゥの表情は渋いものに戻っていた。
(この少年、意外としたたかかもしれんな)
 いや正確には、『これ』と思った事に対してはどこまでも真っすぐに、周囲に何の相談も無しに突き進むから、周囲が気づかない時があるだけかもしれない。
 バトゥは再び、熊のぬいぐるみを見る。
(喜んでもらえるなら……)


「あの、バトゥさん。私がこの熊さんを包装しましょうか?」
「いいのか?」
 小夜が笑顔でうなずく。
「そうか。ならば、よろしく頼む。24日までに用意してくれると助かるのだが……」
「まかせてください」
 小夜はもう一度、笑顔でうなずいた。
「ふみこさんのパーティーにいらっしゃるなら、その時に渡しましょうか?」
「あっ、おっさんも来るんだ」
「招待状をもらったんでな」
「ふみこたんとこのご馳走は凄いぞ〜。おっさんも昼飯抜いてこいよ」
「あと、酒も一級品だ」
「ふん。全く、無宗教なのに便乗してクリスマス祝うとはな。平和ボケしてるとしか思えん」
 吐き捨てる様に言うと、日向がおかしそうに笑みを浮かべた。
「まあまあ。ここは戦場じゃないし、今のアンタは傭兵ではなく学生だ。少しは深く考えずに楽しんだらどうだ。子供にプレゼントを用意するくらいならな」
「…………そうだな」
 と言うと、バトゥは静かに息を吐いた。


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初出 2008/01/11 Mixiの日記より



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