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式神の城
【エミリオ&バトゥ】クリスマスには、クマ・3



 バトゥが事務所を去ると、小夜はぬいぐるみを抱いたままソファに腰を下ろした。
 その右隣に、光太郎が腰を下ろす。
 小夜の腕の中のぬいぐるみを見て、日向は目を細めた。
「長く父親を休んでいると、ああも不器用になるんだな」
「って言うか、おっさんってツンデレだよな」
「『つんでれ』って何ですか、光太郎さん?」
「ん〜……、素直じゃない、って事だな。あ、おっさんの前じゃ言っちゃダメだぞ」
「しかし結城嬢、お前さん包めるのか?」
「贈り物用の袋に入れるだけの簡単なものでしたら、バイト先でやった事があるんですけど……」
「何だ、ラッピングした事ないんだ」
 光太郎に言われて、小夜は申し訳なさそうに顔を伏せる。
「あの、ミュンヒハウゼンさんに相談してみようと思います」
「ああ、ミュンヒハウゼンなら出来そうだしな」
「それなら良し。結城嬢、」
 日向は両腕を膝の上に置いて手を組む。
 自然と前のめりになった姿勢で、まっすぐに、小夜とその腕の中のぬいぐるみを見て、微笑んだ。
「ちゃんと包んでやれよ」
「はい」
 小夜は笑顔で頷いた。


「よし、そうと決まればさっそ……、あれ?」
 光太郎が、ぬいぐるみの右目に指を伸ばす。
「どうしたんですか、光太郎さん?」
「こいつの目、傷ができてないか?」
「ええっ!?」
 慌てて小夜はぬいぐるみの身体を返し、顔を覗き込む。
 長い毛が影になっていて気がつかなかったが、確かに右目の右下の辺りに、こすった様な三日月状の傷がついている。
「そんな……」
 小夜は傷に触れてみる。艶やかなボタンの感触とは異質な、ざらつきのある小さな窪みを感じ、顔を曇らせた。
「どこかにぶつけたのか?」
「でも、そんな音はしませんでしたよ」
「どれ」
 ぬいぐるみを受け取ると、日向はその右目に触れてみる。
「ん〜、ガラスみたいだからな、もしかすると、ここに来る以前に入った傷かもしれんな」
「どうしましょう……」
 日向に返してもらったぬいぐるみの目を、小夜は覗き込んだ。
「ん〜、でも言われなきゃわかんない傷だし、そんなにへこむなよ、小夜たん」
 と光太郎が言う。
 しかし『傷がある』と思えば思うほど、その目の不自然な陰影が目についてしまう。
「ボタンを付け直しましょうか?」
「けど、どうやって付けるんだ?」
「さあ……?」


「あっ!」
 突然、光太郎が大声をあげた。
「だったらさ〜……」
 名案だと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべて述べられた彼の提案に、日向は吹き出した。
「お前な〜」
「これだったら、エミリオも喜ぶだろう?」
「確かにな、ウケは取れそうだな」
「そうですね」
 小夜も笑顔で同意する。
「よしっ、そうと決まれば……」


◆◇◆◇◆



 24日。クリスマスイブ。

 プレゼントの受け渡しがあるので、バトゥは招待された時間より少し早めに、ふみこの屋敷に向かった。
 門をくぐると、エントランス前で光太郎と小夜が待っていた。
「う〜さぶ! 遅いぞ、おっさん」
「寒いなら中で待ってればいいだろう」
「中だと、エミリオに見つかるだろう。ここまで持って来るの大変だったんだからな」
「そうか、すまなかったな」
「はい、バトゥさん」
 小夜は傍らにある大きな箱に手をかける。下にはプレゼントが汚れない様に、紙が敷いてあった。
「随分綺麗に包んでくれたな」
 光沢のあるやさしいピンク色の包装紙に、グリーンのリボン。リボンのは天面で花の様な形に美しくまとめられていて、端は綺麗にカールされている。
「感謝する。後で礼をさせてもらおう」
「いえ、ミュンヒハウゼンさんや光太郎さんにも手伝ってもらいました。私一人ではありません」
「そうか」
「おっさん! とにかく早く入ろうぜ!」
 腕を組んで、ぎゅっと脇を締めて、光太郎が大声を出す。
 バトゥは、プレゼントを持って立ち上がった。
 光太郎が下に敷いていた紙を取り、小夜がドアを開ける。
「どうぞ」
 中に入ると、室内の暖かさが冷えた身体に滲みる様に感じた。
「あったけ〜! ……って、」
 歩きながら光太郎はバトゥの姿を、上から下までじっくりと見る。
「おっさん、いつも通りの恰好だな」
「あいにく正装らしきものは一着も持ってないんでな。そういうお前達だってそうだろう」
 呆れた口調でバトゥは返す。
 光太郎も小夜も、いつもと何ら変わらない恰好をしていた。
「だって、ふみこたんは『普段着で来い』って言ってたぞ」
「だったら言うな」

 −−−−この後全員、ふみこが見立てたタキシードやドレスを着せられる事になるのは、今は伏せておこう。


「バトゥ!」
 見上げると、2階のテラスにエミリオとふみこがいた。
「いらっしゃい」
 エミリオが階段を駆け降りて、その後を優雅にふみこが下りてくる。
「久しぶりだね」
「はい。若君もまた一段と大きくなられて」
 バトゥが言うと、エミリオは嬉しそうに笑う。
「ようこそ。あらバトゥ、随分と華やかな物を抱えてるじゃない」
 くすくすとふみこに笑われて、男は苦い顔をする。
「大きなプレゼントだね」
「はい、お約束の物です。どこに運びましょう?」
 プレゼントは大きすぎて、エミリオには抱えられそうになかった。
「いいわよ、ここで開けても」
「ありがとうございます、ふみこさん」
 プレゼントを下ろしてもらうと、エミリオはリボンをつまむ。
「何だか、ほどくのが勿体ないね」
「そんな事言わずに、早く開けろよ」
 光太郎に急かされるままに、エミリオはリボンを引く。丁寧に包装紙を剥がして箱の蓋を開けると、中を覗き込んだ。
「うわ〜、大きい!」
 歓声を上げると、エミリオは中にいる熊のぬいぐるみに手を伸ばす。
 そして、その熊と顔を見合わせるや、声を上げて笑った。
「あははははっ! 凄い! バトゥ、ありがとう!」
 彼が笑う理由がわからなくて、バトゥは困惑する。
 その隣に立つふみこも、おかしそうに笑っている。見れば、光太郎と小夜も笑っている。
 エミリオの正面に立つ自分だけが状況が掴めず、ますます不可解になる。
「若君、その熊が何か……?」
 エミリオはバトゥと熊とを見比べた。
「大きなところとか、優しそうなところとか、本当にそっくりだね」
「そっくり?」
 ぬいぐるみの姿を完全に箱から取り出すと、エミリオはその身体を抱え直し、バトゥにぬいぐるみを正面から見せた。


「なっ……!?」
 バトゥは目を見開いた。
 熊の目には、黒い眼帯がかけられていた。
 そして首にはベージュのリボンが巻かれ、正面で大きな蝶結びがされていて、茶色い熊の毛並みによく映えた。
(これは…………俺かっ?)
「まあ、貴方にこういう茶目っ気があるなんて知らなかったわ。良かったわね、エミリオ」
「待てっ、俺は……っ」
 慌ててバトゥは、光太郎と小夜を見る。
「おいっ、これは一体どういう事だ!?」
「ごっ、ごめんなさい、バトゥさんっ」
「目に傷が入ってて、そうするしかなかったんだよ」
「傷だと?」
「なんだ、やっぱり気付いてなかったのか。エミリオにそれじゃ渡せないと思ってさ、俺達頑張ったんだぜ。なあ、小夜たん」
「はい、そうなんです」
「だからって……」
「エミリオが気に入ってるなら、いいじゃないか。なあ、エミリオ?」
「うんっ」
 エミリオはにっこりと頷く。
「ありがとう、大切にするね」
「……そう言って頂けるのでしたら、光栄です」
 そう言葉を返すバトゥの表情は、ひどく穏やかだった。


「な、言った通りだろ」
「良かったですね」
 ひそひそと喋ると、光太郎と小夜は笑い合った。


おわり




初出 2008/01/11 Mixiの日記より

【あとがき】

初めは全員出て来るオムニバス形式を考えていたのですが、あえなく挫折orz
特にふみこさん。ふみこさんの屋敷だから、出すべきかな〜っ思ったんですけど、おまけになってしまって、ごめんなさいm(_ _;)m

若君がはしゃぎまくっているのは、子供は子供らしく、笑って幸せでいてほしい、なんて事をつい考えてしまうからです。

ちなみに大久保の駅前には、ロータリーはありません。
町内会で福引もやってません。
近くに医学部のある大学はありません。
全て捏造ですf^_^;



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