ポケモン
【ポケモンBW】草むらの小さな騎士・2【エモンガ&タブンネ】
タブンネと出会った日のことを、エモンガは今でもよく覚えている。
二匹が出会ったのは、春先のとある晴れた日だった。
当時花ざかりだった木々も今はもう花も散り、青くて固い実をいくつも実らせているので、それは大して昔のことではない。
しかしエモンガは、自分たちはずっと前から友達だったのではないかと、不思議に感じる時があった。
それくらい友達のことが大好きだった。
だから毎日のように遊び、そしてエモンガは何度も、タブンネを倒そうとする人間を追い払った。
それが自分にできること。そう信じていた。
◆◇◆◇◆
あの日彼は、人間に従うポケモン達とバトルをした。
ポケモン達に指示を与えていたのは、幼い子供のトレーナーだった。見るからに経験の浅い相手は、ポケモン達に適切な指示を出すことが出来ず、エモンガは苦戦する事なく勝てた。
しかし、こちらは自分1匹。向こうは6匹と多勢で勢いもあった為、無傷での勝利とはならず、わずかではあるがダメージを受けた。
「いてて……。あ〜、人間ってどうして乱暴なんだろう」
ほおにできたすり傷を手でおおうと、エモンガは大声で泣きじゃくる人間の子供をにらみつける。
そして感情のままに、勢いよく飛び立った。もっと森の奥まで、人間の来ない静かな所まで行って、そこでのんびり昼寝でもしていよう。そう考えたのだ。
黄色い被膜に冷たい風を受け、森の手前に広がる草むらを越えていく。
その時彼は、草むらの影にピンク色の何かを見かけた。
(何だろう?)
近づいてみると、それはポケモンだとわかった。
タブンネだ。
ぐったりと地に伏せている。
その近くに着地すると、エモンガは改めて相手の姿を見る。そして顔を曇らせた。
(ひどい……っ)
こんなにもボロボロに傷めつけられたポケモンを見たことはなかった。全身傷だらけで、いくつかの傷からは血がにじんでいる。逃げる時にも一撃を食らったのだろう。腰のあたりに、大きなアザができていた。さらに、恐らく傷が癒える間もなく再び襲われたのだろう。よく見ると治りかかっている傷も見つかった。
傷だらけの顔を見ると、固く閉ざされた両目が見えた。
(ひどいよ……)
タブンネが人間たちからどう見られているか、それくらいどんな幼いポケモンでも知っていることだ。
タブンネは決して強くはないが、勝てば大量の経験値を相手にもたらすポケモンだ。
経験を積んでレベルアップすればするほど、ポケモンは強くなる。そのためにはポケモン同士のバトルが必要不可欠だ。
そして、どうせレベルを上げるのならば楽をしたい。そう考える人間が山ほどいる。
そういう奴らが、タブンネを狙うのだ。
「ねえキミ、大丈夫……?」
エモンガは恐る恐るたずねる。声をかけずにはいられなかった。
(まさか、死んでないよね?)
まだ子供の彼には、『死』という言葉は重過ぎる。嫌な予感に、彼は顔をこわばらせた。
「ん……」
ゆっくりとタブンネが目を開く。
水色の瞳が、ぼんやりとエモンガの姿を写した。
「あ……」
「よかった、生きてる」
エモンガは安心して息を吐いた。
「動ける?」
「う、うん……」
痛みをこらえながら、タブンネは両腕に精一杯力を込めて体を起こす。タブンネの方がずっと身体が大きいので、身体を起こすと、タブンネがエモンガを見下ろす形となった。
辛そうにゆがむ相手の顔を見上げて、エモンガは尋ねた。
「どうしたの? 人間にやられたの?」
「う、うん。……あ?」
「なに?」
「ケガ…してる……」
「えっ?」
タブンネは耳から伸びる触手をゆるゆると伸ばすと、エモンガのほおにできたすり傷に近づけた。それは先ほどのバトルでできたものだ。
「平気だって、これくらい。それより……」
キミの方が、ひどいケガをしているじゃないか。
そう続けようとしたエモンガの目の前に、青いオレンの実が差し出された。
「えっ?」
驚くエモンガに、タブンネはふわっと柔らかくほほ笑んだ。
「これ食べるとね、元気になるよ」
「そんな……っ。これはキミが食べるべきだよっ」
あわててエモンガが言うと、タブンネはゆるゆると首を横に振った。
「大丈夫。少し休んでれば、元気になるし……」
その笑顔に、エモンガは胸が苦しくなった。そんなにボロボロの体で、どうして優しくほほ笑みかけてくるのだろう。どう考えても自分の方が重症なのに、どうして相手を気づかうのだろう。痛くないのだろうか。辛くないのだろうか。まだ子供のエモンガには理解できなかった。
そして困惑するうちに、悲しい感情を通り越して、何だがイライラしてきた。
「バッ……」
「なに?」
「バッカじゃないのっ!!」
驚いて首をすくめるタブンネを無視して、エモンガは怒鳴り続けた。
「そんなボロボロのポケモンからもらった木の実なんて、おいしく食べられないよ! まずは自分のケガ治してから言ったら?」
「ご、ごめんね……」
「あやまってないで、さっさと食べる!」
「う、うん……」
自分よりもずっと小さなポケモンからお説教を受けて、仕方なくタブンネは木の実を食べ始める。小さく口を開けてもそもそと食べていると、「ちゃんと食べる!」と再び怒られた。
「あの、食べかけじゃイヤかもしれないけど……、半分食べる?」
「いらないっ!」
「そう、だよね……」
苦笑すると、タブンネはオレンの実に再び口を付けた。
「もっと木の実がいるね。ちょっと待ってて、採ってくるよ」
「あの、もういいから……」
「文句は元気になってから言って!」
そう言い放つと、エモンガは森の奥へと飛び立った。
大きくて丈夫な葉っぱをふろしき代わりにして、オレンの実を3個持って戻ると、タブンネはようやく木の実を食べ終えるところだった。
タブンネの目の前に、エモンガは木の実を並べた。
「はいっ、どんどん食べて!」
「あの、ごめんね……」
「遠慮しないの!」
と言いながら、エモンガは木の実を求めて再び飛び立つ。そしてまた3個、オレンの実を採って戻ってきた。
戻ってきた彼は、タブンネがまだ木の実に手をつけていないことに気付いた。
「どうしたの? 食べないの?」
「えっと……、勝手に食べていいかな、って思って……」
「どんどん食べてって言ったよ、ボクは。聞いてなかったの?」
「ご、ごめん……」
遠慮がちな相手に顔をしかめると、エモンガは手にした木の実を相手の手に押し付けた。
「はい、食べて食べてっ」
「え〜と、キミは食べ……」
「ボクも食べるから!」
と言うと、エモンガはその場にちょんと腰を下ろす。そしてオレンの実を一つ手に取ると、大きく口を開けてかぶりついた。
「おいしい♪ キミもどんどん食べなよ」
といってから更にもう一口かじると、ようやくタブンネは恐る恐る、エモンガに押し付けられた木の実を一口かじった。
相手がやっと食べてくれたことが嬉しくて、エモンガはニッコリと笑った。
「ね、おいしいでしょ?」
「う、うん。あの……ごめんね」
「あやまってないで、どんどん食べてよ」
「う、うん……」
エモンガは自分の木の実1個をすぐに食べ終えたが、タブンネはまだ最初の木の実をもそもそと食べている。
一生懸命口を動かしている相手のジャマをしないように、エモンガは黙っていることにした。
そしてようやくタブンネが食べ終えるのを見計らって、声をかけた。
「ねえ、そのケガだけどさ、人間にいじめられたの?」
言葉を選べるほど、エモンガは大人ではない。
ストレートな彼の言葉にタブンネは一瞬顔を曇らせたが、すぐに弱々しくほほ笑んでみせた。
「うん……。でも、仕方ないことなの」
「人間が来たらさ、やっつけちゃえばいいんだよ」
「でも強くないし、戦うの好きじゃないから……」
でもね、と、タブンネはエモンガにほほ笑みかける。
「これで役に立てるなら、だったらいいかなって思うの。勝った相手はもっと強くなれるんだし、ちょっと我慢してればすぐに終わるから」
エモンガはタブンネの顔を見つめた。
「本当にそう思ってるの?」
「…………うん」
ほほ笑みながらうなずくタプンネの顔を、エモンガはじっと見つめ続けた。
(そんな泣きそうな顔で笑ったって、説得力ないよ)
そして見つめるうちに彼は、先程からタブンネが変な笑顔しか見せていないことに気が付いた。
ボロボロの体で優しく笑いかけて、困ったように笑って、傷ついても構わないと泣きそうな顔で笑って。
笑顔はうれしい時に出てくるものだ。そう彼は思っている。それなのにどうしてこのポケモンは、嬉しくもない時にばかり笑うのだろう。
エモンガは相手にわかるように、わざと大きなため息をついた。
「キミって変わってるよね。お人好しっていうか、バカじゃない?」
「ん〜…そうかもね」
困ったようにタブンネは笑う。
ここで言い返してくれたらまだ張り合いがあるのに、ゆるく肯定したうえに、また変な笑い方で返すなんて。タブンネと話をするのはこれが初めてだが、彼らはみんなこんなバカみたいに優しくて、どんなに苦しくても他人を優先してしまうほどお人よしなのだろうか。
エモンガは再びため息をついた。
「――――決めた」
エモンガは立ち上がると、タブンネの目をじっと見つめた。
「今度人間が来たら、ボクがやっつけてあげるよ」
思いもよらない言葉をサラリと言われて、タブンネは目を大きく見開いた。
「えっ? ええっ? あ、あのっ、そんなことしなくていいから……」
「大丈夫、ボクはキミよりもずっと強いからっ。さっきだって、ボク1匹でポケモン6匹と戦って勝ったんだ。えヘへ、すごいでしょ? 強いでしょ?」
と、エモンガは自慢気に笑ってみせる。
「うん、すごいと思うけど……。でもいいよ、ガマンすればいいんだし」
「そんなコトしてたら、そのうち死んじゃうよ」
エモンガの厳しい言葉に、タブンネは言葉をつまらせる。
困惑する相手に、エモンガは笑ってみせた。
「大丈夫だから、ボクにまかせてよ」
「う…………、うん」
タブンネは恐る恐るうなずく。その目は、今にも涙がこぼれ落ちそうなほど潤んでいた。
相手が自分を受け入れてくれたことが嬉しくて、エモンガは再びニッコリと笑った。
◆◇◆◇◆
それからエモンガは毎日のようにタブンネと会った。一緒に遊んで、木の実を食べて、ひなたぼっこをして、そして人間が襲ってきたら代わりに戦って追い払うようになった。
毎日会うにつれて、エモンガはタブンネの性格についてより理解を深めていった。根本的に優しすぎること。泣き虫なのにそのくせ辛抱強くて、自分を押し殺すことを全くいとわない、自分よりも相手を優先してしまう性分であること。
そして会うにつれて、優しいタブンネのことがどんどん好きになっていき、大切な友達だと思うようになった。
最初は人が良すぎる相手がほっとけなくて、勢いに任せて「代わりに戦う」なんて言った。しかし今は、相手のことを守ってあげたいと、心から思うようになった。
(だからボクは、もっと強くならないといけないんだ)
エモンガは、目の前にある大きな岩をにらみつけた。
ガントルくらい大きなその岩は、長い年月を物語る様に表面にびっしりとコケが生えていたが、今はあちこちが欠けて、鈍色の岩肌が見えている。
何度もここで岩を相手に特訓を重ねるうち、表面が欠けていったのだ。
手を胸の前にかざすと、エモンガはそこに電気を集めた。威力を高めるために、より大量の電気を全身から絞り出すように集め、丸いボール状にまとめていく。
「えぇいっ!!」
掛け声と共に、エモンガは電気の塊――エレキボールを岩めがけて送り出した。
【あとがき】
さらに続くかもしれません(汗)
書いてる最中にプラチナを始めたのですが、オレンの実は甘いんじゃなくて色々な味がすることを初めて知りました。
木の実だから甘いんだと思ってたんですけど、ポケモンは奥が深いです(^_^;)
(2011.07.31)
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