夕陰草
影見えて10
「ほら、目が泳いでる」

大貫に指摘されて、要は目を伏せた。
動揺しているせいで上手く誤魔化せない。どう説明すれば良いのかも判らないし、まさか元カレがーーなんて言えるはずもない。

「あ、うん。でも気にしないで……」
「気にするよ。要くんは俺にとって大切な友達だし」
「……とも……だち……? 」
「そう。要くんは俺にとって大切な友達。ほっとけない」

……大切な……友達。
でも、暴露したところで理解が得られる筈はない。大貫には嫌われたくは、ない。

「…………」

何も言えなくなった要を大貫は引き寄せて頭を抱くように撫でた。吃驚した要は頭を抱き抱えられるようにして固まってしまう。
ドキドキと早鐘のように心臓が踊る。
弱っている時にこういうスキンシップは狡いと思う。
縋りたくなる。

「要くんさ、もっと俺を頼ってよ 。同性相手にこういうのってどうかと思うけど、支えてあげたいんだ」

要の頭を撫でる手が髪から襟足に移動して首筋を辿る。
要がピクリと反応する。
僅かだけれど、大貫の手の動きに性的なものを感じて、要はふっと視線をあげた。

わからない。
大貫が何を考えているのか、わからない。
男は恋愛対象じゃ、ないよね?
じゃあ、何?
『支える』ってどういう事?

大貫は、要の視線に何かを躊躇うように視線を揺らす。

「あー……変、だよな? でも本気なんだ。こんな風に他人に思うのは初めてでさ、何て言葉にしたら上手く伝わるのか分からないけど……」

揺らいでいるのは、要の心なのか。それとも視界なのか。
縋りたい。怖い。嫌われたくない。縋りたい。

「……俺、普通じゃないからそーいうのは無しね」

要は大貫から身体を離しヘラりと笑った。そうすることで踏み込んでくるなと一線を引く。
何が、とは言ってないから普通の意味まではわからないだろう。それでいい。
洋兵に会っただけで、こんな不安定になると弱すぎて要は自分を笑ってしまう。大貫のことは好きだから嫌われたくない。だから縋ることも出来ない。距離を置きすぎても距離を縮めすぎても要にとっては辛い。大貫は同性愛者ではないから。

ヘラりと笑って誤魔化した要に、大貫はらしくなくボリボリと頭を掻いてばつが悪そうに溜め息を吐いた。
その溜め息に要は怯えたが、大貫は気が抜けたように要に笑顔を向けた。

「ごめん、無理強いすることじゃないね。でも本心だから頼りたくなったら遠慮しないでね」

くしゃくしゃと要の頭を乱暴に撫でて、大貫は立ち上がる。要はそれを目で追いながら、目の端に時計を捉えて慌てて後を追った。

「ごめん、付き合わせてっ! 」
「好きでしたことだから大丈夫だよ」
「でも、店に行かなきゃいけない時間まで引っ張るとか俺、ごめんっ! 」
「あははっ。良いのに。ならまた今日も店に来てよ。明日は休みだから何時まででも付き合ってあげられるよ」
「いやいや、二日連続は流石にまずいでしょ。彼女に怒られるよ」

リビングを抜け、申し訳程度の廊下を抜けると、大貫は靴を履いて玄関で振り返った。付いてきた要の頬をそっと撫でて「要くんが心配することじゃないよ」と苦笑していた。

「じゃ帰るけど、ほんとに今日も店に来てね」

大貫は念を押して、開店準備のために要の部屋をあとにした。

[*前へ][次へ#]

10/19ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!