夕陰草
影見えて11
小さく息を吐いた要は、会社のデスクで進めなければならない案件を粗方片付けて固まってしまっていた。次に手を付けないといけないのは、若江と一緒に挨拶に出向いた不動産の広告。つまり、洋兵担当の案件だ。直接のやり取りはないのが幸いしているが、デザインは一任すると言われて困り果てていた。
洋兵は特に音沙汰もなく、要の心を乱すようなことは特に起こらない。
モデルルームに出向いて写真を撮るのも、本来は要自身が行くべきなのだが、それも若江に頼んであらゆる角度のあらゆる場所を収めてきて貰う予定だし、完成予想図も設計事務所から貰い、あとはデータに落としてひたすらパソコンで処理をする。不要なものを消したり不自然に見えないように高級感を紙の上に表現しなければならないのだ。コピーライターから上がってくる文言も添えて、クライアントから受け取ったマンションについての説明文も加える。
材料は粗方揃っているのに、手が進まないのは要に自信がないからだった。
「まーた煮詰まってんのか? 」
笑いながら傍へやって来たのは高宮だ。どうしてこういうタイミングで声を掛けてくるのか要はいつも不思議に思う。
「んーそうだなぁ。煮詰まってるかも……」
要は顔を両手で隠すようにして天井を仰ぐ。背凭れに身体を預けて「うー」と唸る要を高宮は優しい瞳で見つめる。
「自信ないか? 」
「んー……」
仰いだ指の間から高宮を眺める要は、優しい瞳をそこに見つける。
「昨日なんかあったんだろ? 出先から帰ってからのお前の様子違ったように見えた。ちらっと見かけただけだけど」
「……会ったんだ」
「……なんか言われたのか? 」
いきなり声を潜めて話し出した要に、高宮は誰に会ったのか直ぐにわかった。
ぼーっと天井を仰いでいた要はふと自分の手に視線をうつす。
「何も……そもそも今回のクライアントだし……プライベートな事はね。若江さんも居たし……」
「クライアント……まじか」
「うん。会う機会なんてそうそう無いんだけど……」
「不安……か? 」
「まあ、ね」
儚く笑う要の頭に軽く触れる。高宮に触れられた髪が体温を持ったように暖かく感じた。
大貫とは違うぬくもりに少しだけ気持ちが楽になる。
「ありがと、頑張ってみる」
「おう」
こうして話を聞いてくれるだけで要の心は軽くなる。大貫には結局何も話せなかった。やっぱり、軽蔑されるのは怖い。
要は気持ちを切り替えてデスクへと向かった。
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