夕陰草
影見えて02
あのキスに何の意味があるのだろうか?いや、キスなんて普通意味があるとかないとかじゃなくて、しないだろ?!
と、混乱しながら何とか仕事を終わらせ、要は落ち着かない気持ちのまま会社を後にした。幸いにもあれから高宮は営業と外出したらしく顔を会わせることはなかった。

洋兵が出て行ってから、まっすぐ帰ることが多くなった要は、それでも大貫の店には変わらず顔を出している。気分転換も兼ねているけれど、本当はあの優しい雰囲気に癒しを求めていたからだ。

ぽっかりと空いてしまった穴をどう紛らわせていいか、分からないのだ。要自信、洋兵との関係には疲れきっていたし、困惑し怯えてもいたけれど、依存も確かにしていたのだ。何に、とは具体的に言えないけれど、本当は傍に居てくれるだけで良かった。それはもう、恋とは呼べない感情だったのかもしれないが、情ともちがうように思う。要は洋兵の手を自分から離せなかったのだ。ーー逃げ出したかったのも本当だけれど。

だからなのだろうか。同僚の高宮の行動に簡単に揺れてしまう。別に高宮に同僚以上の感情はないと思うのに、そんな自分に嫌悪が込み上げて、とても情けなく思う。

ぐるぐると考え事をしながら、足はいつものように大貫の店に向かい、気が付くとドアベルを鳴らして店に入っていた。

「いらっしゃいませ」
「いらっしゃい」

いつもより早い時間に来た為か、今日はバイトの子が居るようだ。大貫の声と、バイトの女の子の声がダブル。
女の子が席に案内しようとしてくれるが、要はそれを断って、まるで指定席になっているかのように、同じカウンターの席に陣取った。

店のお客さんは、今しがた引いたところらしく、各テーブルにはまだカップが残っている。それを大貫が下げ、バイトの子が要にお冷やとおしぼりを用意する。が、惚けたような表情のバイトの子が、要の顔をじっとみて固まっている。どうしたのかと困って、とりあえず笑っておこうと微笑むと、真っ赤になって鈍い機械のような動きでぎこちなく水を差し出してくれた。

「ありがとう」

お礼を言うと、今度は横から大貫の苦笑する声が聞こえた。

「え? 何? 」
「タラシだね」
「は? 」

大貫が何を言っているのか本気で分からない。

「トモちゃん、そろそろ時間だからもう上がっていいよ」

トモちゃんと呼ばれたバイトの子は真っ赤のまま「はい」と答えて、店の奥に消えていく。大貫はカウンターへ戻り、使用済みのカップをシンクに置くと可笑しそうに笑った。

「ねぇ、それって天然? 」
「え? 何? 意味が分からないんだけど? 」
「黒見くんってモテるでしょ? 」
「……モテた記憶はないけど……それが何? 」

そうか、そうか、天然か。と、勝手に納得している大貫は説明する気はないようで、勝手に要の飲み物を用意する。目の前に置かれたそれは、最近好みのカフェオレだ。

ホッとしてカフェオレに口をつける。ーー何か今日一日カフェオレばっか飲んでんなぁ。

カウンターの中に居る大貫がまたクスクスと笑っている。何で笑っているのか解らなくてムスっと口を尖らせてしまう。

「そんな顔しないでよ。良かったと思ってね」
「……ん? 」
「最近元気なかったからさ」

思わぬ大貫の言葉にじっと見つめてしまう。綺麗な顔が要を見つめ返してくる。

「…………」
「何かあったの?」

他に客がいないのを良いことに、要は思わず突っ伏した。

「……恋人と、別れた……っていうか捨てられた? 」
「黒見くんが捨てられるの? 」
「捨てられたの! 過去形」
「それで元気なかったのか……」
「…………」
「吹っ切れた? 」

要は言葉もなく首を降った。ホッとして居るけれど、吹っ切れたのとは違う。なんとも曖昧な、言葉にしがたい感情。

大貫はカップを洗いながら更に踏み込んでくる。

「好きだったんだね」
「……好きだった……のかな? わかんねー」
「……なにそれ? 」

はぁ。
要は重い溜め息を吐いた。

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