アウザー氏の屋敷の玄関先で荷物を預けたセリスとティナは、あてもなくジドールの街をぶらつき始めた。
その様子を屋敷のテラスからそっと確認した人影がひとつ。
「…行ったぞ」
ぼそりと呟きながら、さらりとした銀髪をなびかせてテラスから室内に入ってきたのはセッツァーだ。
「おい、お前覚悟決めたのか?」
眉をひそめながら、声も低く…セッツァーは続けた。
「いいんだぞ?俺がその役目やっても」
セッツァーの言葉を受けて、くっくっと笑い合う男が2人。
「んだよ…何笑ってやがる」
長い金髪を後ろに結わえた男…エドガーは笑いながら右手を掲げた。
彼の双子の弟であるマッシュもまた、エドガーの隣で床に座り込み、こみ上げる笑いを抑えようと片手で口元を覆っている。
「セッツァー、往生際が悪いぞ」
「くくく…そうだぞ、お前勝てない博打は打たないんだろ?やめとけやめとけ」
2人に軽くあしらわれて、セッツァーは軽く舌打ちをして部屋から出て行った。
「セッツァーじゃないけど、お前本気で大丈夫なのか?」
床に座り込んでいたマッシュが、手足を床に投げ出しながら言う。
エドガーもうなずき、弟の言葉を追いかけるように話した。
「そうだぞロック、こういうけじめはきちっとつけないとな」
2人の言葉を受けた褐色の髪の青年…ロックは、それまで自分がついていたダイニングテーブルの席からガタリと音をさせて立ち上がった。
怒ったような彼の顔には、どこか焦りが浮かんでいる。
「お前らなぁ!俺を軟禁しておいて何をぬけぬけと」
そのままつかつかとエドガーに詰め寄る彼を、マッシュがのんびりと制した。
「まぁまぁ、ロック。水臭いじゃないか…リルムの鋭さに感謝しないといけないぞ」
どうやらマッシュの宿題は、ロックをアウザーの屋敷に留め置くことらしい。さりげなく出入り口に目配せして、ロックが外へ飛び出して行かないように気を使っているのがわかる。
「マッシュの言う通りだ。まずは落ち着きたまえよ、考えはまとまったのかい?」
エドガーはおどけたように、両手のひらをロックに向けて軽く掲げている。
それを見たロックは、珍しく荒々しい足音を立ててダイニングテーブルへ戻ると、どかっと腰を降ろした。
彼が着席したのと同時に部屋のドアがガチャリと乱暴に開き、小脇に何やら服を抱えたセッツァーが顔を出した。
「世界一のトレジャーハンターさんよ、一世一代の大勝負見せてもらうぜ。とっとと着替えろ馬鹿野郎」
言うが早いか、背中を向けて座っていたロックに向かって持っていた服を投げつけた。
「俺はチビ助に頼まれてやっただけだからな。お前がしくじったら俺が役目を横取りしてやる。覚悟しておけ」
ロックの後ろ姿に指差して捨て台詞を吐くと、セッツァーはバタンと大きな音をたてて部屋のドアを閉めた。どかどかと足音が響いて遠ざかっていく。
セッツァーがドアを閉めた瞬間に開けっぱなしだったテラスから風が吹き込み、ロックの髪をざっと撫でて散らしていった。
「くそ、馬鹿にしやがって」と呟きながら髪を撫でつけるロックの様子を見ていたエドガーは、ロックに投げつけられた服をやれやれとハンガーに掛け直しながらロックを諭すように話しかける。
「あいつはああいう形でしか励ましてやれない男だ。お前も知っているだろう、ロック」
返事の代わりに、ふんと鼻を鳴らすロック。
エドガーは綺麗に服を掛けたハンガーを、壁に取り付けられたハンガーフックに引っかけながら続けた。
「俺たちも内心はやきもきしてる。だが、見守りたい気持ちの方が大きいんだ。小さなレディが作った機会を生かすも殺すもお前次第さ」
床に寝ころんでいたマッシュも立ち上がり、同調した。
「そうそう、仲間だからな。タイムリミットはあと1時間半だぞ。支度出来た頃に様子見に来るから、ちゃんと用意しろよー」
2人はそろって部屋を出て行き、後にはやけに広く感じる空間だけが残った。
ダイニングテーブルに両肘をつき、頭を抱えるロック。
「あー…情けねえ。おせっかいすぎるんだよ…」
ぼそぼそつぶやいたかと思うと、またガタリと大きな音をたてて立ち上がった。
先ほどまでの怒ったようなあいまいな表情とは違い、何か重大な決断を下した神官のような神妙な表情で…
小説執筆者様/ふかださま
夜の隙間
小説公開日/2011年08月15日
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