「こんにちは、アウザーさん。ごめんください」
気品の溢れる立派な門構えの家屋が建ち並ぶジドールの中でもひときわ目立つ大きな屋敷の前に立ち、ティナは玄関ドアに付いた大きなノッカーを鳴らした。
リルムはここに滞在し、この屋敷の当主であるアウザー氏に依頼されて絵を描いているはずだった。
ノックの返事はない。
「おかしいわね。リルム、ここにいるはずなのに」
セリスは荷物を抱えたままでうんうんうなずき、ふうふうと息をしている。
鳩の入った鳥籠を片手に、ティナは数回ノックを繰り返した。
しかし重厚な木製のドアとノッカーのぶつかる鈍い音が響くばかりで、向こうから人の気配はしない。
真昼の陽光がふたりを照りつける。
「なんだか暑くなってきたわね…セリスもこの子もくたびれちゃう。わたし、裏手に回ってみる。セリス、先にアイスクリーム屋に行って休憩してて」
ティナの提案に、セリスは遠慮がちにこたえる。
「そう?じゃあ…待ってるわ。さすがに重いし、持ってるの疲れてきちゃった。ごめんね、ありがとう。後でね」
お互いの顔を見てうなずく。
セリスが数軒先のフルーツパーラーへ歩いて行ったのを確認すると、ティナは玄関から庭へ回り込もうとした。
「もう、リルムったら…きゃあ!!」
独り言を言いながら歩いてたティナの腕が掴まれ、ぐいと引かれた。
そのまま屋敷の横手にあった勝手口へ引き込まれる。抵抗を試みるが、鳩の入った籠を片手に持っている状態では困難だ。
「やだ、ちょっと!やめて、離して!!」
「騒ぐな、俺だ」
せめてもの抵抗とばかりに大声を出すティナは、聞きなれた声に驚いてぴたりと動作を止めた。
恐る恐る振り向くと…
「あれ、セッツァー…?どうして…」
銀髪の男がそっぽを向いて、「だから嫌だっつったんだよ…」とひとりごちている。
先ほど飛空艇の停泊地で「行ってくるね」と声をかけたはず…とティナが不思議そうにしていると、セッツァーはフンと鼻を鳴らしてぶっきらぼうに言った。
「俺も駆り出されたのさ。セリスとお前がここへ来たら、お前だけ屋敷に連れてくるようにとな」
「え、リルムに…?」
ティナの言葉にうなずくでも返事をするでもなく、セッツァーは「ついてこい」とだけ言い、屋敷の奥へ入って行った。
慌ててセッツァーを追う。彼は迷うことなく廊下を歩き、一つのドアをノックした。
「おい、お嬢がおいでなすったぞ」
中から、「もう来てくれたんだ、早いねー!入って入って」と明るい声がする。
二人が部屋に入るとそこは広い応接間で、見慣れた顔ぶれが勢ぞろいしていた。
「みんな!来てたなんて知らなかった、どうしちゃったの?」
ティナが間の抜けた声を上げると、リルムが元気よくソファから立ち上がった。
「ティナおねーちゃん、おつかいありがとう!鳩さん連れてきてくれたんだね。セリスおねーちゃんはどうしてる?」
鳥籠を受け取りながらリルムに尋ねられ、ティナは先ほどのセリスの疲れた表情を思い出していた。
「え…あんまり疲れてるようだったから、ちょっと先のフルーツパーラーで休んでるわ」
ティナの言葉に、セッツァーが割って入る。
「そうそう。どうやってこいつだけ連れてこようか困ったんだが、都合よくセリスだけどっかいっちまったからな。面倒だから説明抜きでとりあえず連れてきた」
すでに目当てのフルーツパーラーに着いて、冷たい飲み物でも頼んだ頃だろうか。ティナが考えていると、リルムはうんうんとうなずいてニヤッと笑った。
「ティナおねーちゃん。協力してほしいことがあるんだ、ちょっとこっちきて」
リルムに手をとられ、ティナは応接間を後にした。
ぐいぐいと引っ張られて行った先は、綺麗に手入れがされた大きな庭だった。敷き詰められた芝も刈りたてなのだろう、青々とした草の香りが漂っている。ジドール独特の、パーティ向けにしつらえた平坦な芝の庭だ。
敷地を囲むように、腰の高さまで積まれたレンガの壁には、装飾性の高いデザインの鉄柵が打ち込まれていた。
「ちょっとちょっと、耳貸して」
なになに、とティナが中腰になると、リルムは何やらごにょごにょと耳打ちをし始めた。
リルムの内緒話が進むにつれて、ティナの表情がだんだんと明るくなっていく。
「……ってワケ。ね、お願いしてもいいかな?こっちはこっちで、力仕事やってもらうからさ」
ティナから離れ、ニコッと可愛らしく微笑むリルム。
彼女の金髪が芝生の緑とからっと晴れた青空にふわりと映えて、いたずらっこのように輝いた。
小説執筆者様/ふかださま
夜の隙間
小説公開日/2011年08月15日
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