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WORLD END
終わりの始まりに/7

 マンションは、本来の現実世界ならば住居用のビル。神在は、そこが旭の住むマンションと同じ外観である事に気付いていた。

「アサくん、無事だといいね」

 外観は同じでも、中は迷宮のように道がうねり、部屋のドアらしきものを開けてもまた道が続く。道の途中にはシャドウが立ちはだかり、神在たちを見つけるとそれが本能であるかのように襲いかかってきた。

「何匹いるんだよ、綿貫、どーにかなんないの」

 シャドウに確実に弾丸を撃ち込みながら、夏川が叫ぶ。その横では、本牧が日本刀でシャドウを叩き斬っている所だった。

「シューイチ、わんもあっ!そのまま、マッハGOGOなの!」

 アリスは夏川の泣き言を無視した。本牧がシャドウを巧く弱らせた事を的確に伝えて畳み掛ける方が優先だと思ったのだろう。意外にアリスは敵をよくみて効果的な攻撃を覚えて知らせてくれている。

「あの、無駄に古いネタさえなきゃ、最高なんだけどなぁ」

 夏川のぼやきは止まらない。実は3人の中で一番シャドウを的確に攻撃しているのは夏川であり、一番アリスの声を聴く機会が多かった。外見からすれば、一番頼りない痩せすぎた身体の夏川。どこからそんな瞬発力が出るのか、という機敏さと正確さで、二丁拳銃という扱い難い獲物を使いこなして神在と本牧を助けていく。

「本牧さんー、伏せて下さいねっと」

 本牧が上体を沈めた瞬間に、白の拳銃から解き放たれた弾丸が本牧の背後を襲おうとしたシャドウに撃ち込まれた。正確無比に撃ち込まれた弾丸はシャドウを塵へと還す。

「どもっす」

 短い返事と共に獲物が日本刀なだけに斬り込み隊長として活躍する本牧は、神在が片手剣で対峙している新手へと駆けていった。

「あぁ、もう、若いって罪だぜ?!」

 後ろから本牧を追う夏川は、存外に楽しそうな笑みを浮かべていた。


***********


 扉という扉を開け切り、最後の扉に手をかける神在に、アリスが前へ躍り出てそれを制した。

「ユイコおねーさま、この先に強くて大きなシャドウの反応を感じるなの」

 首を傾げて、まだいけるなの?、と問うアリスに、神在は2人を振り返った。日本刀を抜いたまま黙ってしゃがむ本牧には軽い疲労が見られる。夏川は、口では疲れた、と言いながらも一向に疲れる気配を見せない。

―――慣れない事させてるし、無理ないよね

 ここが分水嶺、と自分に言い聞かせて神在は自分に意識を集中して精神力が続くか確認した。これで自分がフォロー出来ないなら引き返すべきだ、と感じたのだ。

「神在さん、僕はいいっすよ」

 突然立ち上がる本牧に驚いて、神在の集中が途切れる。それに驚いたのは神在だけではないようで、夏川も心配そうに声を掛けた。

「いや、無理はよくないですよ、本牧さん。神在さん1人位なら僕でも護れますし」

 実際、夏川は2人だけでは危うい所を何度も助けてきている。最初の第一印象からはかけ離れて言葉には信憑性があった。

「大きなシャドウなら、神在さん、ペルソナ使うっすよね。そん時、やっぱり人居た方がいいっすよ」

 本牧の言葉にも一理ある。何故ならペルソナを詠唱に入る瞬間の神在程無防備な物はないと、一度、道中のシャドウで試して分かっているからだ。
 神在が倒れてしまえば、いくら夏川が優れていようと、本牧に体力が残っていようと、シャドウを倒すのが明らかに困難になるからだ。武器と防具を失ってしまえば元も子も無い。

「ここが分水嶺…」

 神在は小さく呟いて一息飲むと、一気に思考を流れさせる。そしてそれを堰を切ったように話始めた。

「本牧くんはちょっと疲れてて、夏川さんはいけそうな感じですよね。私は、ペルソナに集中するだけなら問題はないです」

 状況確認とばかりに2人と一匹を見渡して、神在は続けた。

「此処に本牧くんを1人待たせても、シャドウが来ない保証はないし、撤退するのも突入するのも、全員一緒がいいと私は思います。正直言うなら、引き返すべきだと思いますが、私は…こんな世界に友人を残していくなんてしたくありません」

 神在がそこで一息つくと、「決まりですね」と夏川がひとつ手を叩いて言った。

「じゃあ、行きましょう。僕と本牧さんで食い止めますから、神在さんはペルソナに集中して下さい。…後悔するより、なんぼかマシですって」

「ダイスケ、ガリガリの癖にたまには良いこと言うなの!」

「たまには、とか、ガリガリとか、余計なの混じりすぎだっつーの」

 笑いながら拳銃の安全装置を外す夏川は、最初より頼もしく見えた。確認するように神在が本牧を見ると、彼は静かに頷いた。

「早くアサくん見つけてココ出てぇっす」

 全くだと、誰もが笑う。もう振り返らずに、神在は静かにその扉を開いた。
 そこにいたのは旭遼輔と、大型の仮面を被った騎士の姿のシャドウ。だが、本牧や神在の知っている旭とは全く様子が異なっていた。
 いつもヘラヘラして下らない冗談しか言わないような旭はそこにはなく、ひたすらに悲しそうな表情と薄暗い金色の瞳の黒スーツの旭がいた。旭といえば、どうしても、風呂上がりではないかという私服――ジャージやスウェット姿など――しか思い出せない本牧と神在には違和感しか感じない。

「なんで制服着てないんすかね」

 率直な疑問を神在の横で呟く本牧に、神在も警戒心を高めた。だが、姿形はどうみても旭だとしか思えない痩せすぎた体型と、本牧より細くて開いてないのではないかという眼。逆立ったヘアスタイルに気だるそうな独特雰囲気は旭以外の何者でも無いことを示している。
 ただ1つ引っ掛かりを覚えるとすれば、本牧が言った通り、落ちた時とは違い、C&D社のアイスグレーと黒襟の制服を着ていない事ーー。

「…アサくん?」

 神在が声をかけると、旭の隣にいる騎士型のシャドウが吼えた。
それと同時に、旭がいつもの明るいノリでこちらに笑顔を向ける。

『お兄さん、おっパブいかがっすか?おっぱい大きい娘いっぱいいますよ〜。もうね、ヤッバイ。たまんねっすよ〜』

 ヘラヘラした旭の両目は金色に灯る。黒のスーツ姿は、客引きのそれだと分かるノーネクタイ。そして旭がヘラヘラするのを止めた瞬間、もう一度シャドウが吼えた。

『あんたたち、何。店に入って女の子選ばないで』

 直感で、神在は黒スーツの旭に向かって言った。

「アサくんは、どこ」

「ユイコおねーさま、正しいなの、あの子、人だけどシャドウなの!」

 アリスの言葉に、各々、武器を持つ手を握り直す。シャドウなのに、人間、その言葉が神在にどうしても引っ掛かりを覚えた時、シャドウと呼ばれた旭は笑い出した。

『あぁ、【俺】を捜しに来たって事?今頃、自分の部屋で引き籠もってるぜ…そりゃ、そうだよな。彼女にゃ浮気されてるみてーだし、カタギになったらなったで収入も安定しねーし、あんな世界めんどくせーよ』

 くくく、と厭な嗤い方をする黒スーツの旭は、やっぱり俺が居なきゃどうにもなんねーんだよ、アイツ、と軽めのメンソール煙草に火を着けた。

「もう一度言うわ。アサくんはどこ、無事なの」

 声が低くなるのを抑えられずに、神在が怒りを滲ませる。何に対しての怒りなのかが判らずに夏川が、抑えて、と小声で語りかけてきたのが神在の耳に聞こえた。

『カミなら、俺が旭遼輔だって信じてくれるだろ?俺が、アイツなんだって』

 厭な嗤い方だ、と神在は思う。だが、もし、この男の言うとおりであれば、旭は生きている可能性が高い、とも。

「神在さん、どっちにしろ、味方ですよーって感じじゃなさそうですよね」

 夏川は、旭と喫煙所で面識がある程度しかないが、彼の知っている旭に、外見は異常な程に似ていると感じている。そして、異様な程の違和感も。

「確かにアサくんっすけど、アサくんっぽくないっす」

 直感だけで生きる本牧は素直にそう感想を洩らして、日本刀を前に向ける。夏川もそれに応じて神在の前に歩を進めた。

『どっちにしろ、店に入っちゃったんだから、お代は頂かないと困りますね、お客さん』

 黒服の旭がそう言って、足下に煙草を落とし火種を靴底で消した途端、騎士型のシャドウが更に吼え、3人に襲いかかってくる。アリスは最後方で相手の力を分析し始め、神在はペルセフォネを召還するため、謳を紡ぎ始めた。それに呼応するかの如く、銀色の光が神在の足下から溢れ、音楽をかき鳴らす。

「――…重ね合う、声も指も…」

 神在が謳うのは、邦楽のある程度有名なナンバー。夏川は不謹慎ながら、曲は知らないけど結構歌巧いな、などと感心する。その間も間髪入れずに騎士型シャドウの鎧の隙間を狙って弾丸を撃ち込んでいった。

「硬ぇ…っす」

 本牧の日本刀が鎧に弾き返され、力押しでは敵わない相手だと思い知らされる。相手の剣戟は本牧が日本刀で受け止め、衝撃波は夏川が誘導して神在の居ない方向で避けかわす。
ただシャドウの攻撃を捌く事しか出来ない2人の様子を見て、劣勢と判断したアリスが神在にナビゲーションした。

「ユイコおねぃさまっ!相手の防御力を落とさなきゃ何しても劣勢なの!」

 アリスが叫ぶと同時に金色の仮面と真紅のドレスを着たペルセフォネが銀色の光と共に神在の頭上に現れる。ペルセフォネは、カラフルな球体を天に放り投げ闇色の弓弦を思い切り引き放つ。

『ラクンダ』

 というペルセフォネの言葉と共に、騎士型シャドウの装甲がボロボロと崩れ落ち始めた。

「ダイスケ、シューイチ、今が狙い所なの!」

 装甲が剥がれる様に驚いていた2人は、アリスの声で我に返り、果敢な攻撃を試みる。その間にも神在は必死で謳い続けた。ペルセフォネは宙に浮かせたカラフルな球体から、蒼色の珠を取り出し、それを矢に変えた。

「――いまはただ…この瞬間、見つめさせて…」

『ブフーラ』

 神在のワンフレーズが終わり、魔力が溜まった瞬間、矢を氷の柱へ変えて連続で騎士型シャドウへ突き刺してゆく。神在が謳い続ける限り、ペルセフォネが氷の柱を突き刺し続けるのを確認した夏川は、敵の意識が自分から神在へ移動するのが解り、仮面の辺りを狙い撃つ。
 騎士型シャドウは、腰から下に生えた馬に繋がれた鎖を鳴らし、逆上したように夏川へ剣を振りかざした。

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ…ってね」

 夏川に向いたシャドウの背を狙って本牧が飛びかかり、深く斬り込んで一撃で離脱する。振り向くように剣を本牧へ向けるシャドウの腕が本牧の胸を強打し、吹き飛ばされた。

「…ってぇ」

 背中を強かに打ち付けた本牧が左手を支えに起き上がる。その瞬間、神在の曲調が変わり、本牧の身体を白い光が癒した。もう一度神在の曲調が戻ると、氷の柱がシャドウの仮面を割り、シャドウが叫んで頭から徐々に塵へ還っていった。叫ぶ声に耳を塞ぐ3人と1匹。

『あー、やられちゃった。やられたかー』

 軽い拍手をした黒服の旭が薄ら笑いを浮かべて、片足をぶらつかせる。
その時、アイスグレーと黒ライン黒襟の制服、黒スラックスを履いた旭遼輔、本人が奥の扉を破るように現れた。

「てめー…、なんだよ!俺と同じ顔しやがって、俺の友達に手ぇあげんじゃねーよっ!!」

 開口一番、片足を床に大きく叩きつけながら、黒服の旭に啖呵をきる旭。

「アサくん…!」

 神在が安心したような顔を浮かべて声を出すと、黒服の旭が嗤った。

『…友達?違うだろ、お前は人間を誰も信用していない。俺はお前なんだから、わからないわけないだろ』

「ふざけんなよ、友達は別だ」

 2人のやり取りを疲れた身体でただ見守る事しか出来ない3人と1匹。神在は固唾を飲み、本牧は胡座をかいて座り込む。激しく動き回っていた夏川は片膝をついて身体を休めるが、武器を納めようとはしなかった。

『彼女だって、浮気しても戻ってくる財布だと思ってんだろ。働きたくねーとか言いつつ、ヒモになってく自分が赦せない。でも、やる気ねーよな。アイツと結婚してーけど、浮気が続くからなかなか働く踏ん切りもつかないんだよな』

「うるせー…うるせーよ」

 旭が思い出す事が、周囲に声となって現れる。

<ね、なんで正社員にならないの>

<何買ってこようか>

<りょーちゃん、ハワイ行こう、切符買ってきてあげる>

<りょーちゃん、どこも連れて行ってくれないんだもん>

<…好きな人、出来ちゃった>

 どこからかする女性の声に、3人は辺りを見回す。それが旭の彼女の声である事を理解するのに、時間はかからなかった。

『愛も半端なのに、結婚?お前バカじゃねーの。キャバも辞めさせらんねーのに、自分だけ黒服逃げて、パチンコで借金作って彼女に払わせてさ』

「お前に何が解るっつーんだよ!」

『わかるだろ。俺はお前の影なんだから』

 せせら嗤う黒服の旭から黒いオーラが流れ始める。制服を着た旭が歯を食いしばる。

「お前なんて、お前なんて、俺じゃねー!!」

 段々と力を失って崩れ落ちる旭。それと対照的に黒服の旭は力を増したように高らかに嗤い、よく言った、と呟く旭の影。

『これで、俺がお前になれる』

 黒いオーラは旭の影を包み、どす黒いシャドウへと変化した。



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