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WORLD END
終わりの始まりに/5

 本牧の額に神在が両手を翳すと、お互いに瞳を臥せる。神在の両手から金色の光が溢れ、本牧の体を徐々に覆った。
 神在のペルソナ、クレオパトラの声で神在が呟く。

「貴方に、相応しい武器と防具を」

 鈴が鳴るような音がして、本牧の頭の中でだけ、クレオパトラの声が響く。

―――汝、我が主の契約を護る者か。

 その言葉が、何故か本牧の心に矢のように突き刺さり、瞳を開けてしまう。本牧の目の前には、瞳を閉じて必死に力を注ぐ神在の姿があるだけで、クレオパトラ自身は見える筈もない。
 ただ、クレオパトラが、一瞬自分を拒みかけたような気がして―――

「本牧くん?」

 瞳を薄く開けた神在が本牧を見上げる。まるで、本牧は自分の動揺を見透かされたようで、神在を直視出来ないでいた。
 すると、神在が微笑んで今まで聴いた事のないような優しい――赤子をあやすような低く甘い声で囁く。

「大丈夫だよ」

 声も出せずに片目を大きく開いて神在を見つめ直すと、任せちゃって、とくすぐったそうに彼女は笑う。一瞬の甘い囁きに感じられた普段と違う神在は消え、いつもの神在に戻っていた。そんな神在に、自分の勘違いだと思い直して本牧はそっと目を閉じなおしすのだった。

―――汝、我が主の契約を護る者か

 また、本牧の頭の中に、クレオパトラの声が響く。それは先程とは違って、事務的な語りかけのように聴こえた。

「…はい」

 神在にすら聞こえるかわからない程の小さな声。そして、一気に本牧を金色の光が襲い、強い風の衝撃を受けたように片足だけ後ずさる。
 本牧の両手のひらから溢れ金色の光。それは形となって彼の右手に握られた。

「…日本刀っすか」

 呟いてからふと自分の姿を見れば、会社支給のアイスグレーと黒の制服と黒スラックスから、動きやすそうな黒の軍パンと、白黒迷彩のフード付きミリタリージャケット。インナーにはクルーネックのシャツに重ねて鎖帷子がベスト状に重ねてあった。

「私が、本牧くんにパーカーのイメージ強いからかな…」

 しょげたように見上げる神在に、「僕、パーカー好きっすよ」と満足げに本牧が答える。日本刀も本牧の好みであり、鞘に納める前に軽く振ってみると、まるで重みを感じず、よく手に馴染んだ。

―――我が主に刃を向けようものなら、

 先に説明した筈の言葉が――クレオパトラの声が脳裏に焼きついたようにリフレインする。
 夏川にも同様に、両手を翳されて武器と防具を与えようとする神在を見つめる。
 鞘に納めた日本刀の柄を左手でポンポンと叩き、有り得ないから、大丈夫っすよ、と本牧は自分に言い聞かせていた。


***********

 夏川の両手には拳銃が握られている。警察支給の拳銃ではなく、神在のペルソナによってもたらされた真っ白な二丁拳銃。スーツも、くたびれたヨレヨレのスーツから、おろしたてにも見えるスリーピースのブラックスーツへ変わっている。ワイシャツにはタイはなく、ブラックのベストが重ねられるだけ。頭はボサボサで跳ねっぱなしのままなので、それだけが残念といえばそうか。

「エノキにも衣装なのねー」

 似合う、と褒めているのであろう、アリスが羽根をパタパタさせる。本牧にもそうしたように、アリスが全身を使って外側からくまなく点検した。

「馬子にも、だろーが」

「せいぜい、ユイコおねぃさまを身体張って護りなさいなの」

 むん、とブルードレスの胸を張って偉そうに主張するアリス。

「だから、神在さんと俺らで扱い違いすぎだっつーの」

 夏川は、署の拳銃だと線条痕や弾の管理の問題で使えないから嬉しいよ、と白の二丁拳銃を両サイドのホルスターに納める。普段から射撃訓練もしてるし丁度いいや、と呟いて純白の拳銃に視線を落とし、笑顔になった。
 夏川にへばりついて遊んでいたアリスが、ふと顔を上げてヒクヒクと鼻を動かす。

「あのねなの。今日は暫くしたら霧が薄くなるかもなの」

 それはアサくんまずいんじゃないかしら、と神在が焦りを見せる。夏川も本牧も武器に手をかけて身構えた様子を見せる。

「ううん…晴れちゃうのはずっと先なの。だから何日かは迷い込んだ子がココにいても平気なの」

「でも腹とか減りそうっすよね」

 本牧はそう言ってから、ふと自分の空腹感が無いことに気付く。たまにある事なので気にしないでいたら、夏川が、あーっ、と叫んだ。

「俺、しばらく飯食ってないのに腹減ってない」

「メシって何なの」

 え、と3人同時にアリスを見る。3人は誰が言うでもなく集まって、アリスを背に相談した。勿論、真っ先に身も蓋もない確信を突くのは夏川だ。

「最悪、この世界で霧さえ晴れなければ、助けるのが今日じゃなくても平気って事ですねー」

「放置っすか」

「いつ私の精神力が尽きるかわからないしね」

 本牧のツッコミにフォローを入れるのは神在。実際、神在は女性にしてはタフな方なのだろうが、ペルソナを何度も召還しているので若干の疲労は隠せないようだ。

「クレオパトラに防具を出して貰ってからは楽になったんだけど…それまで頭痛とか、気持ち悪さが酷かったし」

 ああ、と頷く本牧もどうやらクレオパトラに防具を出して貰ってから楽になったらしい。

「この霧が体に影響してるんですかねー」

 ワイシャツのボタンをひとつ外して襟元を使ってパタパタと扇ぐ夏川も、多少疲労しているようだ。どう考えても、アリスとじゃれあい過ぎて体力を消費した点については2人は敢えて追求しない。神在も本牧も2人共に、面白かったからいいや、と考えているのだが、お互いに通じ合っているわけではなかった。

「これからマンションに入るわけだけど、神在さんの精神力が尽きる前に余裕を残して引き返しましょう。嫌な話だけど、落ちた子は今日助けなくても、まだ無事でしょう。正直言えば、こんな状況、僕ら警察じゃどうしようもないですからね」

 夏川は渋い表情で神在を横目で見る。それを受けて彼女は頭をフル回転させた。

「ペルソナに反応してシャドウが襲ってくるみたいですし、私は、それで構いません。私達が助けられなければ…アサくんを助ける事は出来ない、そういう事、ですよね」

 警察は期待出来ない、そう夏川が示したのだ。だが、夏川自身の協力が得られないわけではないと知って、神在は、自分の立ち位置がいかに重要かを再確認する。

「じゃあ、あたしのナビゲーションで早速マンションなの?なの!」

「うぉっ、いきなりその顔近付けんなっ、デブタヌキ!」

 いつの間にか3人の輪に割り込んだアリスに、夏川は大仰に後方へ飛び跳ねた。

「ダイスケは失礼なのねー。こんな可愛い美少女をロンリーウーマンにする辺り、月に代わってお仕置きが必要なのね」

 アリスは、どこから出したか全く解らない、星形が先に付いた杖をブンブンと振り回して夏川を小突く。

「おまっ、そのネタはどうかと思うぞっ」

 逃げる夏川と追うアリスに、本牧は両目をギュッと瞑るようにして顔に手をあてて笑う。神在は、苦笑いしながら、じゃあ行きましょうか、と腰に納めた片手剣を抜き放つのだった。



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あきゅろす。
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