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ショート
ストロベリームーン(平志)
静かな夜だった。
地下室にたった一人、作業の小さな音だけが時々するのみである。

しかしそこに、静寂を破る着信の音がした。
当然キリの良い所まで進めてから、志保はゆっくりとスマホを手にした。

「はい」
『忙しいとこスマン、これから休憩代わりにちょっとだけオレに時間くれへん?』

饒舌な関西弁は、言わずと知れた西の名探偵と呼ばれる服部平次だ。

「何かしら?」
『もう直ぐそっち着くねん、あっ、もう見えてきよった』

最早来るのが決定で、合鍵も持っているのだから姿を見せるのは確実なのに、一応電話を寄越しただけでも研究の中断に気を遣っているのだろう。
志保は溜め息をつくと、短く了承して電話を切った。


平次が姿を見せると、それまでの空気がガラッと変わる。
どうしたの?と訊く間も無く、彼に手を繋がれて引っ張っていかれた。

「テラスやテラス!」
窓を開けて外に張り出した床の部分に出ると、彼は空を指差す。
そこには少し大きめの月に赤色が含んでいた。

「ストロベリームーンっちゅーんやろ?」

志保は暫しそれを眺めてから、冷静に応えた。
「科学的説明の出来る事だけど、聞きたい?」

「…………いや、ええです」
平次だってそう見える理由は知っている。
「そやのーて、好きな人と一緒に見たら永遠に結ばれるとか言うんやて。単なる迷信やろけど、それ聞いたら乗っかってみるのもええかなって」

「……迷信だって思ってるのに?」
突っ込めば、何故だか頬を染めて口籠る平次はちょっと珍しい。

「……えー………あー……////」

すると、繋いだ手の力が強まって、色黒の肌に判る程の紅色が差した。

「せやから……ソレを口実にしてやな…………志保に逢いたかっただけやねん!」

最後の方だけ一気に言ってしまった彼は、照れ臭そうに頭を掻いている。
一瞬目を丸めた志保は、今度は自分の頬が染まってしまった。

いつもストレートに想いを伝えてくる彼だが、存外直接的な言葉は少ないかも知れない。
大阪人ゆえ「愛してる」なんて言葉は一度も使った事はないのだけれど、関西弁の「好きやねん(か)」は案外気に入ってるかも知れないと志保は思う。

彼女はもう一度空を見上げ、赤く染まった月を眺めた。


「……そうね、少しはご利益あるのかも」
「何て?」

不意打ちの極小さな声に平次が聞き返せば、志保は小悪魔的な笑みを浮かべた。
平次の耳に口許を寄せて、吐息みたいな言葉を告げると、するりと彼から逃げていく。
真っ赤になって目を見開いた平次は、暫し呆然としてから言葉の意味を飲み込むと、跳ねるみたいに彼女を追った。


「志保────!!!!」


腕の中に捕まえた彼女と、それから濃密な甘い時間を過ごしたのは、言うまでもない。



───────おしまい。

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