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鳳凰戦華伝




「訳ありってことですね。まぁ、深くは聞きません」

「察しが良くて結構ね」


和やかながら、実は全然そうではない空気になり、二人はその場を後にした。




それぞれ眠りにつく準備を始めて、お互いの準備完了を確認してから、灯りを消した。













事が起きたのは、全員が寝静まった頃だった。





馬の嘶きが聞こえる。

騒ぎ立てるその音に、椿は目を覚ました。



嘶きに隠れ、いくつかの声も聞こえる。


椿は周囲の子供達を踏まないよう細心の注意を払い、家の扉まで近づいた。


扉に耳を近づけ、外の音を聞く。

外には、数人の男がいるようだ。
馬の嘶きに驚き、その声を静めようと苦戦しているらしい。


内容までは聞こえなかったが、どうやら何かしら企んでいるのは間違いない。


不穏な空気を感じ取った椿は、美和と月下、それから年長の子供を数人起こした。


「起きろ。月下、美和」


「ぅん……。椿?どうしたの?」

声を掛けられた月下は、目を擦り眠気を振り払った。

同様に、美和や数人の子供もゆっくりと目を覚ました。
小さな子供達は、まだ眠っている。


「外に誰かいる。月下、美和、子供を連れて二階に上がれ。ここは私が何とかする」


指示を出すと、彼女は再び扉に向かった。


暗闇の中、極力、音を立てないように子供達を起こす。

起きれない子供は、藤や美和が抱き上げて二階に連れていった。



心なしか、美和は顔色が悪いようだ。

それを目敏く捉えた月下は、子供達を連れながら、物思いに耽った。






やがて、全員の子供が二階に上がった頃、唐突に声が止む。


気のせいだったのだろうかと、椿は扉に手を掛けて外に出てみた。


ひんやりとした空気の中に、ひっそりと何かが佇むような気配がした。

外の馬はちゃんとそこにいる。
落ち着いているとまではいかなくとも、充分に静かになっていた。


丑三つ時の広場は暗く、陰の気を帯びている。



椿が一歩踏み出したその時、キラリと光るものを彼女の瞳が捉えた。


即座に、それを横に叩き落とす。


カランとした音が鳴り、光るものは地面に叩き付けられた。




「そこにいるのは誰だ」


暗闇に向かって声を放つ。
しかし返答はなく、椿は盛大に舌打ちした。



「現れないのなら、私から行こう」

ザリッと地面が音を立て、椿の足が踏み出すと共にそれも伴った。




五歩ほど進んだところで、静かな口調で語りかける者があった。


「相当の腕のようだな。女」

「姿を現せ」


警戒の姿勢を崩さない椿に、静かな声の主は喉を鳴らして笑う。

それが合図であったかのように、一斉に剣を抜く音がした。




飛び掛かってくる気配もしたが、椿は冷静にそれらを昏倒させていった。


太刀を持っていなかった為、全て体術を使ったが、それでも充分な威力をある。


十人昏倒させた辺りで、前方の細道から煙管を加えた男が現れた。


百九十はあろうかという長身が、椿を見下ろしていた。

一般的な女性に比べたら、椿はその中でも背が高い方だ。

しかし、その男の前ではそれでも小さく見えた。


「やるじゃねぇか」

声を聞くと、最初に話掛けてきた男なのだと知れた。

愉しそうな男の様子に、椿も不敵な笑みを浮かべる。

「そいつはどうも。……お前達の用件は?」


男に戦意がないことを知ると、椿も体術の構えを解いた。

腕を組むようにした男だったが、その腕は太すぎて組んでいるようには見えなかった。

「俺は取り立て屋に雇われた男だ。その辺に昏倒してる不甲斐ねぇ男共がそうだ」

顎で指し示した先には、男が数人転がっていた。
どれもひょろりと長い男ばかりだ。


「取り立てってのは普通、もう少し早い時間に来るもんじゃないか?」

戦いの場になるといきなり饒舌になる椿だ。
言い逃れできないように少しずつ質問を重ねる。


「さぁな。俺も雇われた身だ。よくは知らねぇ。なんか事情でもあんじゃねぇか?」


さして興味もなさそうな様子に、本当によくは知らないのだろう。


椿は向きを変えて、いまだ昏倒していない、つまりはまだ椿に殴られていない男を正面から睨み付けた。

男は言い知れない恐怖を覚えて、直立の姿勢を取った。


発せられるその威圧感と言ったらない。


「なぜ、こんな時間に来た。理由でもあるのか?」

椿は威圧感はそのままに男に聞いた。


そんな中で答えられた男は健闘した方だろう。


「ややや、役所の命令でしてね。お、俺、いや、私もよくは知らないのですがね」


すると椿は、隣の男に目を向けた。

まさか自分に火の粉が降りかかるとは思っていなかった男は、一瞬遅れて直立不動になった。


「お前は何か知らないのか?」


「ははは、はひ!きき、聞いた話によるとですね、あの家にいる女、いや女性がじ実はかなり持っているのでは、とということで、とと、取り立てって名目でかか、金を奪ってこいって命令って噂です!」


最後には敬礼を決めてくれた。

しかし、洗いざらい全て吐いてしまったその男は、周りの男から殴られていた。



すでにそれに興味を失った椿は、思案に暮れる。


「お前ら、もう帰れ」

一言、殺気と共に投げ掛けた。

すると男達は、いっそ清々しく敬礼をして即座に立ち去った。


「お前も帰れ」

ただ一人残ったのは、巨大な男。

こちらも、いつの間にか真面目な顔をしていた。


「おい、女。名は?」

「他人に名を尋ねるならお前が名乗れ」

「俺は、颯雲。で、てめぇは」

「花椿」


その名を聞いた颯雲は僅かに怪訝な顔をする。

「本名か?」

「さぁ、どうだろうな。分かったらとっとと帰れ」


しかし颯雲は、動こうとはしない。

さすがに苛立ってきた椿は、高く足を振り上げようと構えた。


「お前、俺と戦え」

脳天に踵を降り下ろす前に、そんな突然の申し出を言われた。

「は?」

最高潮に機嫌の悪い椿は、それこそガラ悪く聞き返した。




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