鳳凰戦華伝 伍 「訳ありってことですね。まぁ、深くは聞きません」 「察しが良くて結構ね」 和やかながら、実は全然そうではない空気になり、二人はその場を後にした。 それぞれ眠りにつく準備を始めて、お互いの準備完了を確認してから、灯りを消した。 事が起きたのは、全員が寝静まった頃だった。 馬の嘶きが聞こえる。 騒ぎ立てるその音に、椿は目を覚ました。 嘶きに隠れ、いくつかの声も聞こえる。 椿は周囲の子供達を踏まないよう細心の注意を払い、家の扉まで近づいた。 扉に耳を近づけ、外の音を聞く。 外には、数人の男がいるようだ。 馬の嘶きに驚き、その声を静めようと苦戦しているらしい。 内容までは聞こえなかったが、どうやら何かしら企んでいるのは間違いない。 不穏な空気を感じ取った椿は、美和と月下、それから年長の子供を数人起こした。 「起きろ。月下、美和」 「ぅん……。椿?どうしたの?」 声を掛けられた月下は、目を擦り眠気を振り払った。 同様に、美和や数人の子供もゆっくりと目を覚ました。 小さな子供達は、まだ眠っている。 「外に誰かいる。月下、美和、子供を連れて二階に上がれ。ここは私が何とかする」 指示を出すと、彼女は再び扉に向かった。 暗闇の中、極力、音を立てないように子供達を起こす。 起きれない子供は、藤や美和が抱き上げて二階に連れていった。 心なしか、美和は顔色が悪いようだ。 それを目敏く捉えた月下は、子供達を連れながら、物思いに耽った。 やがて、全員の子供が二階に上がった頃、唐突に声が止む。 気のせいだったのだろうかと、椿は扉に手を掛けて外に出てみた。 ひんやりとした空気の中に、ひっそりと何かが佇むような気配がした。 外の馬はちゃんとそこにいる。 落ち着いているとまではいかなくとも、充分に静かになっていた。 丑三つ時の広場は暗く、陰の気を帯びている。 椿が一歩踏み出したその時、キラリと光るものを彼女の瞳が捉えた。 即座に、それを横に叩き落とす。 カランとした音が鳴り、光るものは地面に叩き付けられた。 「そこにいるのは誰だ」 暗闇に向かって声を放つ。 しかし返答はなく、椿は盛大に舌打ちした。 「現れないのなら、私から行こう」 ザリッと地面が音を立て、椿の足が踏み出すと共にそれも伴った。 五歩ほど進んだところで、静かな口調で語りかける者があった。 「相当の腕のようだな。女」 「姿を現せ」 警戒の姿勢を崩さない椿に、静かな声の主は喉を鳴らして笑う。 それが合図であったかのように、一斉に剣を抜く音がした。 飛び掛かってくる気配もしたが、椿は冷静にそれらを昏倒させていった。 太刀を持っていなかった為、全て体術を使ったが、それでも充分な威力をある。 十人昏倒させた辺りで、前方の細道から煙管を加えた男が現れた。 百九十はあろうかという長身が、椿を見下ろしていた。 一般的な女性に比べたら、椿はその中でも背が高い方だ。 しかし、その男の前ではそれでも小さく見えた。 「やるじゃねぇか」 声を聞くと、最初に話掛けてきた男なのだと知れた。 愉しそうな男の様子に、椿も不敵な笑みを浮かべる。 「そいつはどうも。……お前達の用件は?」 男に戦意がないことを知ると、椿も体術の構えを解いた。 腕を組むようにした男だったが、その腕は太すぎて組んでいるようには見えなかった。 「俺は取り立て屋に雇われた男だ。その辺に昏倒してる不甲斐ねぇ男共がそうだ」 顎で指し示した先には、男が数人転がっていた。 どれもひょろりと長い男ばかりだ。 「取り立てってのは普通、もう少し早い時間に来るもんじゃないか?」 戦いの場になるといきなり饒舌になる椿だ。 言い逃れできないように少しずつ質問を重ねる。 「さぁな。俺も雇われた身だ。よくは知らねぇ。なんか事情でもあんじゃねぇか?」 さして興味もなさそうな様子に、本当によくは知らないのだろう。 椿は向きを変えて、いまだ昏倒していない、つまりはまだ椿に殴られていない男を正面から睨み付けた。 男は言い知れない恐怖を覚えて、直立の姿勢を取った。 発せられるその威圧感と言ったらない。 「なぜ、こんな時間に来た。理由でもあるのか?」 椿は威圧感はそのままに男に聞いた。 そんな中で答えられた男は健闘した方だろう。 「ややや、役所の命令でしてね。お、俺、いや、私もよくは知らないのですがね」 すると椿は、隣の男に目を向けた。 まさか自分に火の粉が降りかかるとは思っていなかった男は、一瞬遅れて直立不動になった。 「お前は何か知らないのか?」 「ははは、はひ!きき、聞いた話によるとですね、あの家にいる女、いや女性がじ実はかなり持っているのでは、とということで、とと、取り立てって名目でかか、金を奪ってこいって命令って噂です!」 最後には敬礼を決めてくれた。 しかし、洗いざらい全て吐いてしまったその男は、周りの男から殴られていた。 すでにそれに興味を失った椿は、思案に暮れる。 「お前ら、もう帰れ」 一言、殺気と共に投げ掛けた。 すると男達は、いっそ清々しく敬礼をして即座に立ち去った。 「お前も帰れ」 ただ一人残ったのは、巨大な男。 こちらも、いつの間にか真面目な顔をしていた。 「おい、女。名は?」 「他人に名を尋ねるならお前が名乗れ」 「俺は、颯雲。で、てめぇは」 「花椿」 その名を聞いた颯雲は僅かに怪訝な顔をする。 「本名か?」 「さぁ、どうだろうな。分かったらとっとと帰れ」 しかし颯雲は、動こうとはしない。 さすがに苛立ってきた椿は、高く足を振り上げようと構えた。 「お前、俺と戦え」 脳天に踵を降り下ろす前に、そんな突然の申し出を言われた。 「は?」 最高潮に機嫌の悪い椿は、それこそガラ悪く聞き返した。 [*前へ][次へ#] [戻る] |