鳳凰戦華伝
肆
「……あ、あの」
少年はおずおずと椿に話掛けた。
椿はすでに聞く姿勢だ。
「……えっと、出来たら、でいいんですけど、この子達を馬に乗せてやってくれませんか?」
「……これにか?」
と言って隣の馬を指差す。
「この子等は、みんな孤児です。こんな辺鄙な土地に、馬がいるなんてそうそう無いんですよね。……みんな動物好きなんで。どうかお願いします」
再び頭を下げられた。
突然の願いに椿は驚いたが、別に断る理由もなく、何より馬の方が乗り気だったので、快く了承した。
「……あぁ、別に構わない」
少年の顔が輝いた。
一度、上げかけた頭をまた下げてしまった。
ちなみに、その度に椿は頭を上げさせている。
放っといたらそのまま頭を下げ続けそうだったのだ。
椿は一人ずつ、子供たちを馬に乗せた。
馬は、子供の扱い方を分かっているのか、慎重に歩いている。
「あ、そうだ。僕、藤って言います。貴女は?」
「花椿だ」
藤と名乗った少年は、自分自身も孤児であることを語った。
昔は自分の人生を恨んだと言っていたが、今はとても楽しいとも言っていた。
椿は言葉少なに彼の話を聞いていたが、その表情は幾分穏やかだった。
やがて日が暮れてきた。
馬と戯れていた子供たちの中にも、寒そうにくしゃみをする子が増えた。
椿の格好が一番寒そうであったが、本人は全然平気そうだ。
藤は子供たちに家に入るよう指示し、くるりと椿に向き直る。
「今日はありがとうございました。子供たちも貴重な体験が出来ましたし。良ければ、またいらして下さい」
「……あぁ。それでは」
終始穏やかな表情を浮かべていた椿は、少年と別れ、当初の目的だった月下探しと散策を再開した。
馬の方も妙に機嫌がいい。
ほくほくと、周囲に花が舞っているようだ。
おそらく子供と遊ぶのが好きなのだろう。時々、遊ばせてやるといいかもしれない。
椿と月下が会えたのは、完全に日が暮れた頃だった。
月下も椿を探していたらしく、二人して見事にすれ違っていたようだ。
「そういえば、泊めてくれるところを見つけたわ」
一通り文句を言い終えた月下が、最後にそう言った。
このような村でも、社交性がある月下だからこそ出来た芸当だ。
聞いた話によると、探している時に出会った女性が良ければ、と勧めてくれたらしい。
勿論、断る筈もなく、月下は椿を探してからそちらに向かう、と場所を教えてもらっていたそうだ。
朴玻村と言うのは、実はかなり大規模な村だ。
その大きさのせいで、村全体を復興させるのがより困難になっている。
故に、椿と月下が再会した辺りから月下の言う宿泊できる場所まで、それなりに距離があった。
しかも椿にとっては、来た道を戻る事になる。
それは細い道を行った広場の、小さな家だった。
先刻、椿が訪れた孤児院だ。
月下が馬を降り、その扉を叩く。
「はーい。……あら、月下さん」
明るい声で答えた女性。その声にも、椿は聞き覚えがあった。
引き戸が開かれて現れたその女性は、栗色の髪を持つ、椿にとって見覚えのある人だった。
そして女性の方も、どうやら椿を覚えていたらしい。
「あ、あの、月下さん。連れの方ってそちらの……?」
「?えぇ、そうです。ちょっと怖い顔してますけど、中身はそんなことありませんから」
不思議に思いながらも、月下はにこやかに答えた。
背後では、多少苦々しい気配がする。
「えっと、花椿さん、ですよね?」
「あら、知り合いだったの?」
二人に問われた事で、椿はさらにしかめっ面になった。
答えるのが面倒とでも言いたげだ。
女性が何か告げようとした時、女性の腕の隙間から子供たちがひょっこり顔を出した。
「あっ!お馬のお姉ちゃん!」
「ほんとだー!」
「お泊まりするのってお姉ちゃんだったんだねー」
子供たちは口々に唱える。
すると今度は、椿に向いていた月下と女性の視線が子供たちに向いた。
「皆、このお姉ちゃんのこと知ってるの?」
「うん、知ってるよー。遊んでくれたのー」
先頭にいたおっとりとした男の子が言った。
その言葉に、女性は驚いたように椿を見た。
また月下も、再び椿に視線を向けた。
「まさか、子供達と戯れてたとは思わなかったわ」
月下は至極楽しそうに小さく呟いた。
次いで小さな拳骨が降ってきた為、おそらく椿はその呟きを聞いていたのだろう。
月下は小さく舌を出して笑った。
「まぁ、どうぞ入って下さい。外はまだ冷えますし」
女性は笑顔で二人を招き入れる。
月下も椿も子供達に引き摺られるように家の中に入った。
「私は、美和と言います。この孤児院の子供達の保護者みたいなものです」
美和はそう言って自己紹介した。
月下や椿も改めて挨拶をし、夕食の支度をすると美和は台所に消えた。
しばらくしない内に、月下も手伝うと言って台所に向かう。
この孤児院には、ざっと十六人の子供がいるようだ。
上は十四歳ぐらいで、下はまだ三歳ほどの年齢だ。
戦争で両親を亡くした子や、捨てられた子もいるらしい。
美和はこの孤児院の経営者のようだ。
広間では年長の子供たちが、年下の子供と遊んでいた。
忙しなく、部屋を走り回っている子供たちが何とも危なげだ。
「お姉ちゃん!遊ぼー!」
物思いに耽っていると、活発そうな女の子に腕を引っ張られた。
どう答えるべきか悩んでいると、手伝いを終えたらしい月下が助け船を出してくれた。
「このお姉ちゃん。ちょっと頭が痛いんだって。だから、そっとしておいてあげて」
優しそうな月下に、女の子はすぐさま頷いて、
「お姉ちゃん。ごめんなさい。ゆっくり休んでね」
と椿に向けて頭を下げた。
これには、さすがに答えない訳にはいかず、努めて優しく椿は言った。
「……いや、気にするな」
その言葉を受け取った女の子は、一つ笑って夕食を持ってきた美和に飛び付いていた。
夕食に飛び付いた子供たちの傍らで、椿と静かに呟いた。
「……助かった」
「よく貴女が子供の相手なんて出来たわね」
月下は苦笑って答える。
少し離れた所では、子供たちが楽しそうに談笑しながら夕食を口に運んでいる。
「……馬に任せてたからな」
「馬?貴女の?あの気位の高い暴れ馬?」
月下は心底驚いたように疑問を重ねる。
酷い言い様だと椿は笑った。
「……子供が好きらしい」
「……なるほど」
二人は話す事を無くし、しばらく黙り込んだ。
やがて椿は瞳を隠し、眠ったようだ。
相変わらず奔放な人だと月下は心密かに笑った。
「なるほど。そこで椿に会ったのね」
椿が完全に眠りに落ち、またその周りで子供たちが眠り始めたころ、月下と美和が談笑していた。
初めて椿に会った時の話を聞いた時、月下の笑顔が少しだけ異質なものになった。
「弓を扱うのね。誰か師匠でもいらっしゃったの?」
「いいえ。独学です。貴女達も武器を扱えるみたいですけど、一体どう言った目的で陽逆に?まさか観光ではないでしょう?」
そこで再び、月下の笑顔がわずかに翳る。
自嘲的な笑顔が見え隠れしていた。
「ちょっと、色々ありましてね。全ては彼女の思いを汲んだ結果よ」
彼女、と言って眠る椿を指差す。
子供たちに囲まれて眠ると、常の剣呑さがなくなる。
何とも真逆な印象だった。
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