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鳳凰戦華伝



二人が自己紹介を終えた所で、村民の喧騒の間から椿がやって来た。

長めの前髪を掻き上げながら、少し咳をしている。


「あぁ、あんたか。こいつを止めてくれたのは」

椿は優真を見ると、少し笑って礼を言った。

「いや、気にするなよ。実質、あの子を止めたのはあんただ」

すでに脱出した人の看病に向かっていた月下を指して、優真は皮肉じみた笑顔を送った。

それを見た椿も、ようやくいつものような不敵な笑顔に戻る。



すでに火の海となっていた宿屋は、彼の仲間によって見事に消し止められていた。

この時代の火消しと言えば、火が回らないように周囲の家を壊すものだが、民家にはそんな損傷は見られない。


椿が不思議がるのを感じ取ったのか、優真は先程とは違い、快活に笑った。

「俺らの火消しは、水と蒸気を使って火を根本から消す。家を壊すなんてはた迷惑なやり方はしないんだよ」

得意気な様子だ。
確かに火はしっかりと消し止められ、宿屋は焼け焦げてしまっているが、他の建物の損傷はないのだ。

これは、火消しと言うものの認識を、改めるべきかもしれない。
そんなことを椿はしみじみと思った。


「てか、あんた大丈夫か?えーっと……名前は?」

「花椿だ。大丈夫とは?」

怪訝な声に振り返れば、名乗っていなかったと思い当たる。
合間に咳が溢れた。


「優真だ。いや、お前さん、煙、吸っただろ。ずっと咳してる」

相手も名乗り、咳を溢す彼女を、心配そうに見てくる。

流石火消し屋。
火に関しての知識は並のものではない。
そのうえ目敏い。

「大丈夫だ。吸ったと言っても、大した量じゃない」

それを知っていても、椿は正直に言うことをしなかった。
息苦しさはあったが、いまだに火事の処理に回っている村人の手間を、増やしたくはなかった。


そんな感情を読み取ったのか、優真は一つ嘆息を溢す。

「まぁいいけどさ。今なんとかしなきゃ、あの相棒のお嬢さんから嫌って程、お説教喰らうぜ」

そう言われると、椿は二の句を告げなくなった。
無表情に見えるが、その顔はしっかりと苦味を含んでいる。


「俺は別に構わないけどな。正直、今、知り合ったような子だし、君が怒られようが、別になぁ?」

さらに優真が続けると、椿はうんざりしたようにしっかりとため息を吐いた。

恐らく優真と言う人間は彼女よりも年上なのだろう。
大概の言葉に椿は言い返す事が出来る。
だが、年数だけはどうにもならないのだ。

主に月下や、育て親である月下の祖父母には全く敵わない。



渋い顔をしたまま、椿は踵を返して人の輪へ入っていった。

数秒後、その辺りにいた村民が大変だと騒ぎだしたので、恐らく多少煙を吸ってしまった事を言ったのだろう。


その様子を満足気に眺めた優真は、火消し屋の仲間を集めて、帰ろうとしていた。

ふとそこで声が掛かる。

「優真さん!ありがとうございました!色々と!」


そう大声を上げたのは、月下だった。
その言葉に合わせて、村民も頭を下げる。


優真は少し幼く笑うと、片手を挙げて軽い挨拶を返した。

そのまま、火消し屋の仲間と共に、騒ぎながらその場を去っていった。





火事の後始末が終息し始めたのは、それから数時間経った頃だ。


あれから村民や椿、月下が完全に眠りに着いた頃は、既に日付も変わり、太陽が昇りそうな時間だった。


あの後にかなりの感謝を受けた椿は、再び宴会に付き合わされた。
勿論、月下はとにかく食べた。

散々付き合わされた椿も、とうとう気にしなくなり、食事よりも進んで酒を飲んだ。


その日は、早朝のうちに村が動き出すことはなかった。


道を歩くのは椿一人である。


春とは言え、早朝はまだ冷える。
清涼な風が、辺りを吹き抜けた。

彼女の結ばれていない髪も、それに合わせて広く靡く。

東の空には明けの明星が見え、ほんの少しだけ、太陽の光が現れていた。


「……出てこい」

寝起きの事もあってか、常時よりも声が低い。

自身の背後に現れたのは、昨夜、散々問題を撒き散らした役人の男だった。


息を切らした様子の男が、瞳を爛々と輝かせてこちらを見ていた。


「……何の用だ」

意識的で出された低い声には、しっかりと殺気が含まれている。

その背に太刀は背負われていなかったが、その殺気一つで充分に武器となり得た。



「……貴様を、殺す!」

震える手で剣を握り、必死の形相で男は続けた。

「貴様のせいで、俺達はあの場所を追われた……!貴様のせいだ……!貴様の……」

震える体が丸まり、震えに耐えるようにすると、いきなり顔を上げてこちらを睨み付けた。

そしてすぐに、ボロボロの体を振り乱し、突進するように椿に剣を向けた。


「覚悟ぉぉぉぉ!!!」



椿は半分だけ向けていた体を、男の方に完全に向け、見据えるように立つ。


降り下ろされる刃が彼女自身に届く前に、椿は動き出した。


僅かに速く踏み込んだ椿の拳が、男の腹へと埋め込まれる。

男が苦しそうに呻き、彼の意識はそのまま途絶えた。





地面に倒れた男を一つ振り返り、何も言わずに椿は来た道を戻っていった。












ようやっと村が活気に溢れたとき、椿と月下は村を出発しようとしていた。


「はい。これは礼だよ」

昨日、火事の被害に合った宿屋の女将が、村を出る時に一つの皮袋を渡してくれた。

手に乗る重みと、チャリンと言う音で中身が何かは簡単に知れた。

中を少し見てみると、かなりの額が入っている。


「いいんですか?こんなに」

月下が女将に問う。
そうすると女将は、人の良さそうな笑みを浮かべ答えた。


「いいんだよ。昨日の礼なんだから。それにその中には、そっちの姉ちゃんが助けた人の分も入ってるんだしね」

そっちの姉ちゃんと言われた椿は、すでにあらぬ方向を向いていた。

そんな態度にも、女将は気にした様子を見せない。

それどころか、照れ屋なんだね〜と穏やかに月下に話し掛けている。


「あっ!お姉ちゃん!」

少し世間話をしていると、続々と村民が集まって来た。

椿が若干疲れた顔になったのは気のせいではない。



「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

元気よく兄を呼ぶのは、昨夜に椿が助けた少女だった。

後から走ってきた少年も、同じく昨夜の少年だ。


全速力で走る少女は、途中で転けそうで非常に危なっかしい。

後ろを走っている少年も心なしか、心配そうな顔をしている。



しかし少女は、無事に椿のもとまで辿り着くと、まずは息を整えた。


そしておもむろに、自身の腕を突き出した。


「お姉ちゃん!これあげる!」

握り拳の中に何かあるようだ。
椿がすっと手を差し出すと、少女はその手にあったものを放した。


カチャンと鳴って椿の手に落ちた物は、二つの硝子玉だった。

日に透かされて、青や緑の色に影が出来ていた。

「昨日のお礼です。命を助けてもらったのに、こんな物で悪いですけど」

追い付いた少年も、困ったような笑顔で椿に言った。


少女の肩に手を置いて仲良く微笑む兄妹が、妙に微笑ましく思えた。


「……ありがとう」

少女にもらった硝子玉を握りしめ、椿は言った。


その贈り物に続くように、火事の被害に合った人々からお礼の品を渡された。

酒屋の店主も、料理を風呂敷に包んで渡してくれた。




一気に増えた荷物を馬にくくりつけ、自分たちもそれに乗る。



村民がほぼ全員で送り出してくれた。


「それじゃあ、色々とありがとうございました」

最後に月下が馬上から言った。
すると、まずは椿の馬が嘶き、勢いよく走り去る。

続くように、月下の馬も走り去る。




二人の姿が見えなくなるまで、村民はずっと手を振ってくれていた。












村を離れると、先頭を行く椿の馬が速度を落とした。


その前には、一人の男がいた。



「優真さん!」

まず月下が、その男の名を呼んだ。

青い装束を着た、火消し屋の男だ。


「どーも。君達、旅立つんだね」

煙管を加えた姿は、なかなか様になっている。

「実は、君達に営業の宣伝しようと思ってね」

その言葉に真っ先に反応したのは、珍しくも椿の方だった。

馬を降りて、同じ目線で話しかける。


「……営業とは?」

「所謂、情報屋」

柔和な笑みは変わらないが、確実に印象が違う。

完全な商売人の顔だ。


「君達、それなりに訳ありだろう?今なら出血大サービスで、今回のみ無料で教えてあげるよ」

恐らくこちらの方が本業なのだろう。

生き生きとしているように見える。


「……貴方、実はこっちが本業でしょう」

月下が軽い一睨み。
咎めるような視線も何のその。
優真は全く気にしなかった。

「あっはっは。ご名答ー」

あくまでもおちゃらけた態度を取るらしい優真に、月下はこのまま馬を走らせようかとも考えた。

だが、直後の椿の声で、それは踏みとどまる。



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