神子色流れ 〜第四章 一つの国 六つの思惑〜 変わるだろう…… その世界は 変えるだろう…… 誰が……? 妃が…… 変わっただろう…… 何によって? 人の手によって 「〜第四章 一つの国 六つの思惑〜」 鏡華帝国への新年の挨拶と近況報告に訪れていた黒髪五色神子の五人は、入れ替わり立ち代わり、帝王との会談と国民への姿見せを行っていた。 その近くには、常に騎士が再び殺気を感じ取ろうと、周囲を警戒していたが。 黒髪五色神子達が滞在しているのは、来客用の館、緋葉館。 この鏡華帝城内には、それぞれの館の名前に黒髪五色神子の色を象った名前がつけられている。 緋葉館は桃凜の色を象った名前だと言う。その豪華壮麗完全無欠なる館で、こともあろうに朱鸞国妃、桃凜は床の上をゴロゴロと行ったり来たりを繰り返していた。 「あ〜、暇だわ。暇」 その綺麗な妃千服と細かい細工がされた髪飾りがなければ、普通の村娘に見える所行だ。 公務時と私生活ではまるで人が違う。 「何でこうも暇なのかしら。国妃って」 動きを止め、床の上に大の字に寝転んで誰にともなく呟く。 ふと訪れた眠気に目を閉じて、ふわふわの絨毯に身を任せれば、聞こえて来るのは、町娘の笑い声。 窓から入って来る暖かい風と日光。それだけで、鏡華帝国の平和が伺える。 そのまま眠るかと思われたが、桃凜はいきなり目を見開いた。 「そうだわ!!」 突如がばっと飛び起きて、茜雅を呼ばせた。 今頃は警護にあたる騎士に激励でもしているだろうか。 暫くして扉から入って来たのは彼女の幼馴染み、そして近衛騎士団長、桃劉茜雅。 やはり仕事時だったのか、その腰には弓と刀が穿かれていた。 「茜雅!!」 「な、何ですか」 いきなり詰め寄られた茜雅は、一歩後退り、自分よりも背の低い幼馴染みを見やる。 「茜雅、私、暇なの。だからね、ちょっと退屈しのぎに付き合ってね」 崩した口調に、にっこりと微笑んで、茜雅を見上げる。 さすがに長い付き合いの茜雅は、その微笑みの真意を正確に読み取った。 「抜け出すから、ついてこいと?」 一応聞いて見るが、答えを違えることはないだろう。 幼馴染みは伊達ではない。 「えぇ、その通りよ。流石ね。それでこそ私の騎士団長よ」 さらににっこりと、人のよさそうな笑みを浮かべるが。 「ご遠慮します」 こちらもまた、にっこりと笑んで一蹴した。 「即答?!仮にも主人である私の頼みを!」 「貴方様のされることは、大抵周りの方々にもご迷惑ですから」 茜雅は終始にこやかに断り続ける。 理不尽だがむかっとした桃凜は、頼み事をする時の人懐こい微笑みから、軽く脅しをかける表情に変える。 流石は商業国の女王。交渉術に欠かせない表情使いをしっかり心得ていた。 「あら、そう。なら別に構わないのだけど。あなたが私の暇潰しになってくれるのでしょう?そうね、あなたの昔話を双源さん辺りに話すのはどうかしら?そういえば昔、町に来ていた恐話師に脅かされて、さんざん泣いて帰って来たわよね。私よりも貧弱だった貴方がまさかこんな所で近衛騎士団長をしてるとは、夢にも思わないでしょうね。そういえば双源さんに昔話をしたら、全く違う話に塗り替えられて返って来るらしいわね。うふふ、どんな風に塗り替えられるのかしらね。楽しみだわ」 一部位、一息で言い切った。 茜雅の方は、顔を赤くしたり青くしたりと実に忙しなく器用な真似をしていた。 「さぁ、そうと決まれば早速……!」 「分かりました!行きますよ!着いていけばいいんでしょう!」 とっとと部屋を出て行こうとする桃凜を結構必死で止める。 すると桃凜は実に呆気なく、くるりと振り替えって再びにこやかに笑う。 「最初からそう言って下さればいいんです」 その言葉に茜雅は深い溜め息を吐いた。 茜雅が準備をするために部屋に戻ったあと、桃凜も準備を始める。 妃千服を脱ぎ捨て、普通の町娘の服を着る。今は夏縺の月。すなわち夏の7月辺り。 なので、風が通りやすくて、柔らかい絹の薄生地。 桃色の中着に少し薄い、朱の羽織着物。 下は薄紫の緩い割り袴。 衣擦れの音が心地いい。 髪も適当に纏めて、二つのおだんごにする。 そんな風に支度を整えてると、コンコンと音が響く。おそらく茜雅だろう。 「どうぞ」 「支度は出来ましたか?」 そう聞いてくる茜雅の服も若い町人の格好。濃い朱の羽織が茜雅のくすんだ朱の髪に良く合っている。 服装を見れば、普通の町娘と町人だ。 朱鸞国の色を纏った帝国民か、あるいは朱鸞国からの観光客に思われるだろう。 大した変装をしている訳ではないが、彼らの顔を知っている人でも、町に出ればそんな訳はない、とそれで片付けてしまう。 気付く人もいるのだろうが、その人達は大抵周りを慮って口に出さない。 そんな訳でちょっと服装を変えるだけで町で騒がれる事はほとんどないのだ。 「一応、言っておくけれど、外に出たら敬語は止めてね」 「はいはい」 慣れた様子で適当に返事をする。 そんな事を気にも留めない様子を見ると、桃凜は上機嫌な様だ。 「で、どうします?堂々と正面から外に出ますか?」 半ばからかうように桃凜に言えば、桃凜も笑って茜雅を見返した。 「馬鹿ね。そんな事するわけないじゃない。そんなことしたら、一気に紫花に知れ渡って連れ戻されるわ」 そんな風に返って来る。 「じゃ、窓から?」 「当然」 慣れた様子で窓へ向かった。 まず茜雅が窓から飛び降りて、後から桃凜が降りる。 どんなお転婆国妃でも、仮にも高貴な身なのだから、怪我をさせる訳には行かない。 「それじゃ、いざ町に向けてしゅっぱーつ」 非常に楽しそうな桃凜の隣を少し強張った顔で茜雅が歩いていた。 大衆に紛れれば、彼女らを誰かと考える者はいない様だった。 町は町人の休日であるのもあって、非常に活気に満ちていた。 「あー、やっぱり"あたし"は町の中が一番似合うわね」 活気のある町に入ると、桃凜の一人称も昔に戻る。 確かに楚々としているより、町にいた方が生き生きしているのが見て取れる。 楽しそうな笑顔を見て、茜雅の表情も綻んだ。 「あ、茜雅〜。来てきて」 茜雅の先をどんどん歩いていた桃凜が茜雅を呼んだ。 桃凜の身長はさほど小さいことも無いが、やはり周りの町人と紛れると、どこにいるのか分からなくなる。呼び掛けられて安堵したのか、ふっと笑みを溢して桃凜の元に走って向かう。 「何だ?」 隣まで来て普通の口調で話し掛ける。 仲の良さそうな友人、あるいは恋人のような良好な見た目だ。 敬語でないことに機嫌を良くしたのか、桃凜は細い銀鎖を茜雅に手渡した。 「さっき見つけたの。弓矢とか纏めるのにいいでしょう?装飾品くらいあっても、仕事には支障ないよね?」 「あぁ、ありがとう」 彼の武器が弓と知っての気遣い。 桃凜は出かける時、必ず親しい人へのお土産を買って行く。 桃凜のお忍びに毎回怒っている紫花を静めるのも、このお土産らしい。 久しぶりの町巡りを満喫していると、前方から柳弦国妃緑流の姿が来る。 「あら、緑流じゃない!」 嬉しそうに飲み物を持ったまま緑流に駆け寄る。 後ろに彼女の近衛騎士団長である緑瀞双源の姿もあった。 「よう!茜雅!お前達もお忍びか?」 こちら茜雅を見やると肩に手を掛け、快活に笑った。 普通の町人の服を着ると、とことん普通に成り下がる青年だ。 「あぁ、桃凜に連れられてな」 呆れたように言えば地獄耳の桃凜が突っかかって来る。 緑流と話していたが、大衆に紛れながら怒鳴り始めた。 それさえも喧騒に消えた。 「ちょっと!それあたしのせいなの?!」 「別に違わないだろう?」 涼しい顔をして答えれば、桃凜がうっかり拳を握った。 それを見た緑流は慌てて桃凜を止めに入る。 「まあまあ、そこまでにしておけ」 鋭利な瞳を持つ彼女は呆れた様な笑いが良く似合った。 緑の肩掛けに黄緑の羽織着物。下に袴を履いた町娘の服装は、少し大人っぽい雰囲気を醸し出す。 「緑流もいるならもっと楽しいわ。一緒に歩きましょ」 桃凜がそう誘ったので、暫くの間緑流や双源と一緒に行動していたが、その内にあれよあれよと各国妃とその騎士が集まった。 一気に人が増えた上に、ここまで五色が集まれば町人が流石に気づきだす。 茜雅は眉間に皺を作って、不信感を覚えた。(何だ。これは。あまりにも偶然が重なり過ぎてる。桃凜はああいう性格だし、緑流様もよく抜け出すと聞く。だが、凰蘭様や聖薔様それに黒紗様が集まるというのは。……町民も気づきだす。いずれにせよ、俺達が外に居られる時間はもう少ないな) 横を見れば他の騎士達も何かを考えている様子だ。 密かに目配せすれば、案の定似たような思考に陥っていたらしい。 国妃達はと言うと、五人で固まって装飾店を見て廻っている。 非常に楽しそうな様子なのでそれを壊すのも憚られたが、茜雅は桃凜に近付き、耳元で低く囁いた。 「桃凜、用が済んだら速く帰った方が良い。国妃全員が集まれば、さすがに目立つ」 「そうなの?大丈夫だと思うけれど……」 少し不満そうな声をあげた。 だが、さらに言い募ろうとした茜雅の口上は、すぐさま飲み込まれた。 空を切って数本の短剣と弓矢が飛んだ。 それを騎士が隠し持っていた短剣で全て弾き返す。 「きゃ!な、何!?」 「何だ?!」 「何事でしょう?」 「誰ですか!?」 「……」 町民の叫びに混ざって、国妃達が驚きの声を上げた。 黒紗は驚いているようには見えないが灰菖曰く相当の驚きらしい。 混乱に乗じて素早く市を離れ、人影も疎らな空き地で国妃を守れるように円陣を作れば軽口を叩けるような余裕が生まれた。 「やっぱり来たか」 口元に緊迫した笑みを浮かべて双源が言った。 「そりゃあ、そうだと思うよ。緋葉館の警護もいないし、彼女達を守るのは僕達だけだからね」 甘く見てもらっちゃ困るけど。と終始笑ってそれに雅染が同意する。ちなみに最初の矢で蜜柑をぶち抜かれてご立腹だ。 「この国妃近衛騎士団の団長が全員いるんですからね。たかが暗殺者数人、なんて事はないですよね」 灰菖は銀髪を揺らめかせて、自分達の力を誇示する。 そしてそれは正しく真実だ。 「……」 嵐華に至ってはもう、言葉さえ発しずに鋭い殺気を飛ばす。最後の方に後悔させてやる、と地獄の門番のような声が聞こえたのは気のせいだろう。 「お前ら、話すのもその辺りにしておけ。……俺達は自分たちの主を守るのが役目だ。俺が合図したらそれぞれ国妃を連れて逃げろ。国妃を安全な所、とにかく遠くに連れていったら、草原までこい。そこで一気に叩く。いいな」 茜雅は的確に指示を出してまとめる。 他の騎士も頷いた。 手早い統制に、雅染の軽い口笛が響いた。 暫く敵の様子を伺っている間、緑流が口を開いた。 「私達を安全な場所に置いておくつもりなら、一塊にしてくれないか?」 「何故です?」 不思議な提案に茜雅が背中を向けたまま言う。 「私達一人では何が来るかわからないが、五人でいれば出きることもある。聖薔様がいらっしゃれば多少は感知することが出来るし、凰蘭様や黒紗様がいらっしゃれば相手を油断させる事が出来る。私がいれば他の方々を守れる。桃凜がいれば、話し合いに応じて、言ってしまえば脅迫もできる。一人よりも危険は少ないと思うのだが、どうだろう?」 ひとしきり言い終えて、緑流は息をつく。 なかなかの切れ者らしい緑流は早くもその剣の柄に手を掛けた。 「わかりました。そうしましょう」 やはり口笛が響いたあと、雅染がその意見に答える。 「双源さん。あなたの君主さん凄いですね。きっと双源さんより作戦立てるの上手いですよ」 「あはは。実はそうなんだよな」 軽く笑い飛ばす。 反省の色が見えないので、茜雅は足を踏んでやった。 「前に扇麗が言ってたんだ。弱いものは固めるべきだって」 「あぁ、そっか。扇麗さん、軍師だもんな」 足を踏まれてもめげない為、茜雅は呆れかえった。 もう何も言うまいと言った様子だ。 「さぁ、そろそろ行くぞ」 気を取り直したその声に、全員が戦闘体勢に入る。 「茜雅!」 「……何だ?」 桃凜が茜雅を呼び止める。 振り返ってみると、桃凜は綺麗に笑んでいた。 「私に傷一つでも付けたら、天罰が下りますからね」 にっこりと国妃の笑みを浮かべて軽口を叩く。 相変わらずの人柄だった。 「分かっていますよ。我が主」 この時にはもう、二人は幼馴染みではなく、国妃と騎士団長に戻っていた。 「さぁ、行け!」 その言葉を合図に、騎士達は片手で国妃を抱え、高く飛ぶ。雅染に至っては肩に乗せている。 忍と見紛うような動きで町から離れて行く。 「とりあえず、この辺で大丈夫でしょう」 騎士団長らは広く視界が開けた草原におろした。 遥か遠くに町の灯りが見える。 「それでは行ってきます。五分後くらいには戻ってきますので」 灰菖が国妃全員に言った。 そして一斉に飛んだ。 国妃達もその姿を見送り、その無事を祈っていた。 [次へ#] [戻る] |