神子色流れ . 「まぁ、この辺でいいだろ」 「いい加減、出てきたらどうだい?」 茜雅の声に雅染が声を掛けると、高い草影から人が数人出てくる。 「わぉ、結構な人数いるな!」 「ざっと三十人位でしょうか」 双源と灰菖が余裕なそぶりを見せて相手を煽る。 相手は意外と簡単に その挑発にのってくれた。 「こいつら、余裕って顔しやがって、今に見てろ。俺達が望んでも手に入らなかったその恵まれた顔をぶっ潰してやるぜ!!」 その瞬間、騎士達の心が一つになった。 (こいつ、馬鹿だな) 「な、何だ!その哀れむような目は!」 あからさまな態度に腹を立てた男を見て、雅染がさらにあからさまにため息を吐いた。もはや挑発でも何でもなく、ただただ呆れている様子だ。 「ねぇ、君の顔はどうでも良いからさ、速くかかって来てくれないかな。僕達、人待たせてるんだよね」 辛辣なそれに、恐らくは灰菖だけが同情心を抱いた。 「どうでも良いって言ったな!?お前ら、かかれ!!」 「上等だ」 刹那、嵐華が地を這うような声で言った。 絶対零度とは、まさにこのことだ。 「それで、黒髪五色神子って結局、どういう事何ですか?」 一方、国妃達は聖薔に神話を教えてもらっていた。 草原の上、衣装が汚れるのも気に留めず、彼女ら熱心に耳を傾けた。 「神話では、守護神の加護を受けた者とされています。この千和千鳥は黒髪の女性は余るほどいますが、そんな中、なぜ私たちがこの役目を負っているのか。それは神の加護を受けた者だからと言うことらしいです」 「そうなんですか」 「もちろん真相は定かではありませんけどね」 綻ばせた笑顔を見つめ、凰蘭は密やかに笑った。 「貴方がそんな事言っていいのかしら?神事の神子姫様ですのに」 「神話は私達に様々な事を教えて下さいますが、必ずしも全てが正しいとは限りません。私は自分の正しいと思ったものを信じるだけですわ」 国妃の中でも年長の二人は、意味ありげに視線を交わした。 桃凜をはじめとする三人は、意味を理解出来ていないように視線を交わす。 それを見た二人はさらに笑みを深めた。 「えっと、ちなみにその守護神と言うのは?」 気を取り直して質問したのは、桃凜だ。 好奇心も旺盛らしく、ある程度の勤勉さもある彼女らしい。 「各国を守護していらっしゃる神々の事です。貴方の朱鸞国なら火の鳥、緑流様の柳弦国なら玄武、凰蘭様の月翔国なら輝夜、かぐや姫のことですね。私の国なら水竜、黒紗様の黒海国なら黒猫とされています」 守護神の力を使役する事もできるらしいと語ったが、そんな事例は今までには無いと学問の国の国妃である凰蘭が後に付け足した。 「何か来る」 緑流が一言発すれば、全員が顔を強張らせ、緑流は細い剣を構える。 夜で暗くなった視界から現れたのは、騎士団長の五人だった。 国妃達は安堵の息をつき、自分たちの騎士に駆け寄った。 「怪我はないですか?桃凜様」 桃凜が駆け寄ると茜雅が安心させるように微笑んで、目線を合わせて言ってきた。 気丈であるが故に弱音を吐かない桃凜だが、その実、精神的に強い方ではないのだ。 「ええ、何もないわ。大丈夫。さすがね。それでこそ私の騎士団長よ」 安堵からか、少し涙声になって、桃凜は答えた。 不安であったに違いない。 彼女の形の良い頭を撫でて、やはり茜雅は微笑んだ。 「こんなものを戴いてはまだ死ねませんよ」 茜雅が手にしていたのは、彼が町でもらった銀鎖だった。 「け、怪我でもしたのか?双源」 双源に会うと、緑流は開口一番に聞いてきた。 すでに剣は鞘の中だが、周囲を気にする様子なので警戒は解いていないようだ。 「あ?あぁ、これですか。大丈夫ですよ。帰り血です。」 双源も笑って答えた。そうやって緊張を解かせるのは彼の得意技だ。 「そうか。よかった。」 案の定、その言葉に安心して、張り詰め通しだった気を抜けば、急に涙が伝った。 無理をしていたのが嫌でも伝わる。 「あはは、珍し。大丈夫ですか?疲れましたね。よく頑張りましたね。偉い偉い」 そう言って頭を撫でた。 子供扱いされた気もする言い方だが、疲れていた緑流は気にしなかった。 むしろその手の暖かさは安堵を誘った。 「あ〜つっかれた〜 。あ、姫様、怪我ない?」 四肢を投げ出して転がった雅染に、凰蘭も膝を着いて彼を覗き込んだ。 「わたくしよりも、ご自分の心配をなさって下さい。そちらも怪我はありませんの?」 「あぁ、僕ですか?ありませんよ。あ、姫様、蜜柑要ります?帰るときもらったんですけど」 「頂きますわ」 月翔国の二人は相変わらずで、さほど緊張していた様子もなかった。 ただ少し、雅染に対して素直な凰蘭がそこにいた。 「嵐華!いつも無理は禁物だと言っていますでしょう?私のためにそこまでする必要なくてよ?」 嵐華に駆け寄ると、聖薔はいきなり説教し始めた。 心配から来るものだとは安易に分かるが、常は笑って過ごすか、嵐が去るのを待つようにしているだけなのだが、今日は違った。 「……申し訳ありませんが、その命令は聞けません」 長い沈黙の後、低い声が耳を打つ。 強い風に攫われてその声は届かなかったが。 「え?なんですって?」 「いいえ……。無事で良かった」 滅多に見られない極上の笑みと共に、それを言われれば、聖薔も黙りざるを得ない。 だが頭に疑問符をつけていたのは言うまでもない。 その反応を見て、嵐華はやはり薄く笑った。 「すいません。遅くなりました。大事は、なかったですか?」 その言葉にコクリと黒紗がうなずいた。 拍子に被り物がずれ、彼女の表情を隠してしまう。 「そうですか。良かった」 その反応に安心したように灰菖は笑った。表情が見えずとも、彼女が何を思っているかは分かる。その位の絆はあるつもりだった。 「心配……した」 やはり思った通りだった。 灰菖は元より言うつもりであった言葉をさらりと投げかけた。安心してもらうに越したことはない。 「すみません。ご心配お掛けしました。さぁ、帰りましょう」 またコクリと黒紗はうなずいた。 それが答えだった。 夜の帷が降りた頃、女王と騎士が再会を喜んでいる時に、闇に乗じて駆ける幾人の姿があった。 「ちっくしょー!!何だよ。あいつら。馬鹿みたいに強いじゃねーか!!騙しやがったなあの女!絶対勝てるとか言いやがったのに。今に見てろよ。いつか必ず復習してやるからな!!首洗って待ってやがれ!!!」 暗殺者の親玉が数人の子分と一緒に泣きながら逃げていた。 三流悪役もびっくりの捨て台詞は闇夜によく響いた。 その日、緋葉館に帰ると、それぞれの筆頭女官が泣きながらすがり付いてきた。 驚いたが、無理もなかったので、とりあえず慰めておいた。 安堵の涙がおさまったら、今度は説教の嵐だろうとひそかに桃凜と茜雅はうなずきあっていた。 国妃全員で説教されるのもなかなか貴重な体験だ。 何が変わった? 騎士が妃を思う気持ちと妃が騎士を思う気持ち…… 誰が首謀者? 謎はまだ解けない…… この先は? 物語は火中の底へ [*前へ] [戻る] |