[携帯モード] [URL送信]

神子色流れ
緑の国



柳弦国妃、緑流は、竹林に佇んでいた。


その手には、洗練された姿を持つ長刀。
細く長く、一点の霞もないことからよく手入れされたものであるのが、分かる。


緑流はその新緑の瞳を閉じて、精神を研ぎ澄ませた。


ザァッと強い風が、竹林を揺らした。
緑流は瞳を開く。



刀を下方から上方に流し、降り下ろす構えを取った。


と、そこで声がかかる。



「おーーい!りょーくりゅーうさーん!」

あまりにも、その場に似合わないしゃべり方で、緑流の名前を大声で叫んでいる。


緑流は数秒、無視を決め込んでみたが失敗に終わり、ため息をつきつつ刀を降ろした。


「何の用だ?双源。」

気が抜けたように鋭いはずの新緑の瞳を、下げて聞いた。

視線はやや上で、近衛騎士団長、双源が持つ濃緑のそれとぶつかる。


「探してたんすよ。俺も一応、貴方の護衛だから。」


「そんなもんはいらん。」


双源の気遣いも、かなり武骨に拒んでみせる。


そもそも彼女の生まれは、武士の家系。
現在、父も母も柳弦国軍の将軍だ。
武骨な風が、抜けないのも仕方がないかもしれない。


そんな武骨な返答をされた双源は、少し眉を下げしょうがないとでも言うように肩をすくめた。


「分かりましたよ。んじゃ、俺は黙ってます。」

「帰らないのか…?」


断りを入れられれば 、帰るだろうと思っていた緑流は、少しばかり目を見開いた。

双源もそんな風に思われていた事に驚き、同じように目を見開く。


「帰って欲しいんすか…?」

さすがに傷付いたらしい。
驚きを隠さないまま緑流に聞いた。


「いや、そういう訳では無いが……。」


どうにも煮え切らない答えである。
どもって完全な答えを出す前に、双源はそういう訳じゃ無いんならいいや、と近くの岩に腰を落ち着けた。
本当に拒まれたら帰ろうと思っていたところだ。


「いるのは構わないが、本当に静かにしててくれよ。」

「りょーかーい。」




言いながら、去った緑流をかなり大袈裟に送りながら双源は手を振った。

双源のいる位置から、ちゃんと視認が出来る場所にいてくれる。
こっちとしては、何かあった時に対処がしやすくで非常に楽だ。
事実、その時のために彼はいる。



「さて、竹林に潜む影ってのは、どこかね?」

数分、岩に座り大した動きをしなかった双源が、すいっと音も立てずに立ち上がった。

その様子は、変わらないようで、薄く研ぎ澄まされた殺気が広範囲に広がっている。
相当の遣り手でなければ、ここまで薄い殺気を察知出来ないだろう。


「まぁ、俺が居るから、そう簡単に手は出して来ないと思うけどな。」

頭に手をやり、乱雑に引っ掻くが殺気だけは相変わらず広がる。

その広範囲の中に緑流も居るが、彼女でさえ揺れる空気のようなそれに気付いてはいない。


今のその場所は、緊張と癒しが同居した状態。
分かる人が行けば、すっきりとしないもやもやしたような雰囲気を持つ場所だった。
しかしそれは不快ではなく、むしろ安らかな何かを持っている。

その緩やかな殺気を放ったまま、双源は未だ刀を降り続けている緑流に近づいた。


近づかれると、彼女もさすがに気付いたらしい。
少し首を傾げた。

「双源、お前、何かしたか?」

「いーや。何も?」


あくまでしらを切るつもりらしい彼は、いつもと変わらない調子で返した。


「帰りましょ。緑流さん。俺、扇麗さんに貴方を連れ戻すように言われてたんで。」


「おまっ!何でそれを速く言わないっ!」


不思議がって、少し可愛らしい顔になっていた緑流が一変。
いつもの鋭い顔付きに戻った。


「あはは〜。すいませんね〜。」

対して、危機感が全く感じられない双源。

それにやきもきした緑流は刀を鞘にしまうと、女性とは思えない速さで竹林を駆け抜けた。

それを見た双源も、ゆるゆると追い掛けた。

既に薄い殺気は、消されていた。








柳弦国にも馬はいる。

そもそも馬は千羽千鳥の一般的な移動手段だ。

ただ柳弦国で、そこまで一般化していないのは、地形の問題がある。

柳弦国は坂道や山道が多い場所であるから、馬で進もうとすると逆に時間が掛かってしまう。

時にその地形は、最高の防御壁になるのだ。

徒歩を最大の移動手段ともするので、国民は足腰が他より強いらしい。
だから今も、緑流と双源は、周囲の目を気にせず駆けていた。



二分ほど走り抜ければ、すぐに妃城、柳永城が見えてくる。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!