神子色流れ
.
所、変わって柳弦国。
国都である風蓮。その場所、全体に届く程の怒声が、妃城内に響き渡る。
そして、大抵その怒声の発声者は、柳弦国妃の緑流で。
事の元凶は大抵、近衛騎士団長の双源である。
「双源!!」
「うぉわ!」
この日の元凶は、双源の鍛練のサボりによるもの。
仮にも騎士団長である双源は、鍛練の際、他の騎士の指導に当たる。
指導者がいないと言うのに、鍛練がまともに進むはずがない。
「いつも言っているだろう!強さは鍛練の積み重ねだと!それを後輩に教えてやらんでどうする!」
と、ここぞとばかりに叱り飛ばすのだが。
双源はどこ吹く風である。
地べたにごろりと寝そべり、今にも口笛を吹きそうな勢いだ。
「そんなに怒らなくても、他の奴らなら勝手にやってますよ。」
よく父親がやるような寝方をとり、呑気にあくびまでしている。
「だが……!」
緑流も二の句を告げようとしたが、双源に人差し指を立てて遮られた。
「それはそうと緑流さん。後ろで扇麗さんが鬼の顔。」
立てた人差し指を緑流の後ろに向け、盤若と間違う程の扇麗を呼ぶ。
「女王陛下?こんな所で何をなさっているのです?今は、お仕事中のはずでは?」
凛として発せられる扇麗の声に、さながらロボットの如く後ろを振り向く。
「せ、扇麗……。いや、これは…。サボろうとしてた訳じゃなく………。」
「問答無用です!」
あまりにも吃りすぎた事と、元来の性格が影響して、なんとも真実味の無い言い訳が出来てしまった。
これでは、問答無用だろうとは双源の心中である。
ずるずると引きずられるように、緑流は戻された。
おそらく、嫌と言う程書簡と格闘することだろう。
双源も、一度足を振り上げ勢いよく立ち上がる。
土を払い落とし、仲間が鍛練をしている場所に足を向けた。
「ったく!こうも書簡ばかりだといっそ、清々しいな!」
部屋に戻された緑流は、筆を滑らせながら怒気に露にしていた。
緑流の字は、どちらかと言えば達筆だ。
女性らしいと言うよりは男らしい。
そう極端ではないが。
「そこまで溜めたのは女王陛下ですが?」
「………。」
事実であるが故に、反論も出来ないので、黙るしかない。
ある意味、正当な逃げ道であったりする。
「二時間程で終わらせて下さい。」
黙りこくった緑流に容赦無いとどめの一撃。
本気を出せば出来ないことは無いだろう。
三時間程、使い物にならないかも知れないが。
ついと、素早く退室した扇麗を見送り、重苦しい溜め息を吐いてから再び筆を滑らせた。
静寂に陥った部屋では、緑流の纏う新緑がひどく新鮮に感じる。
さらさらと言った筆が流れる音だけが、部屋に響く。
部屋の中は夏独特の暑さから逃れるように涼しく、外に見える竹が青々としていられる。
しばらく真面目に取り組んでいた緑流だったが、途中で筆を投げ出して文机に突っ伏した。
「………眠い。」
めんどくささからか、急激な眠気が襲ってくる。
「緑流さん。」
「きゃあ!」
うとうとと、微睡んでいたものだから、いきなり名を呼ばれて声を上げた。
上を見れば、双源が腰に手を当てて立っている。
せっかく眠っていたのに、と些か機嫌が悪くなる緑流であった。
「何のようだ。双源。」
「いや、暇になったもんで。」
相変わらず馬鹿っぽく喋る双源に緑流は毒気を抜かれる。
大抵の場合そうだった。
「鍛練は?」
「終わった。」
事実は「終わらせた」だが、それは黙っておく。
なんせ、この女王は異常に騙されやすい。演技をする必要なぞかけらもない。
「いや、実際の用事はそうじゃなくて…。」
「?何だ。」
こいつが用事とは珍しいこともあったものだ。
明日は雨か?
「緑流さん。何かやった?」
「は?」
本気なのか、おもいっきり眉を下げ懸念する顔をつくっている。
緑流はその顔をひっぱたきたいと思ったろう。
双源はそんな緑流をよそに、ドン!と机の上に何かを乗せた。
「花瓶…花?これがどうした?」
机に乗せられた花瓶を見て、頭上に疑問符を浮かべる緑流。
「この花の組み合わせっすよ。」
花瓶に飾られた花は、大黄、鬼灯、花蘇芳、鳥兜。
「何か違和感あるか?」
「………。」
全く意を介さない緑流に、双源は脱力感を覚え、ずるずると床に崩れ落ちた。
「あんた、ホントに教養積んできたのか?」
思わず漏れてしまった本音は敬語でなく、普通の言葉使いだった。
「失礼な。」
そう思うのもまあ、普通だが。
双源の本音も、普通と言える。
「花言葉、勉強してないんすか?そういう俺も大して勉強してないっすけど。」
「教養の一貫として勉強した覚えはあるが、忘れたな。」
「……駄目っすね。」
数秒、部屋が静かになる。
緑流が一つ咳払いをするまで、それは続いた。
「で、何か分かったから持ってきたんだろ?」
「緑流さん、花手紙ってのは、聞いたことあんでしょう。」
「昔は使ってたからな。」
「この花瓶に飾ってある花。花手紙通りに俺が知る限りの花言葉を並べてみたら、いい意味にならなかったんすよ。」
「花言葉か。」
「そ。知ってる限りでやってみて下さいよ。分かるから。」
「……確か、大黄は忠告だったか?で、鳥兜は復習。それ以外は覚えてないな。」
「何で鳥兜だけ、確実なんすか?」
「鳥兜が毒に使われるって聞いて、調べた時に出てきた気がする。」
えげつない理由で調べるものだ。
確かに鳥兜は、毒やら漢方やらに使われるものだが。
四つの花の中で、一番非一般的な花を覚えているとは、侮れない。
「で、俺の知る限りだと、花蘇芳が裏切りで鬼灯が偽り。」
「忠告、偽り、裏切り、復習。確かにいい意味にはならないな。」
「これ飾ってんのは?」
「女官の誰かだと思ったぞ。」
役に立たねぇとか、心中で思ってしまった双源である。
それはともかく、柳弦国でも花による凶兆が表れた。
それが、誰のものによる凶兆かは、この際たいした問題ではなくなる。
凶兆があったと言うこと自体が問題だ。
ただの悪戯かも知れない可能性と事実、起こりうるかも知れない可能性。
二つを考慮した上で、結論を出すのは極めて難しいことである。
「ま、ただの悪戯って可能性もあるからなぁ〜、要注意ってとこっすかね?」
「要注意って……どうすればいいんだ。」
「俺の方から騎士達に、厳戒体制を強いるように言っときますよ。理由は、勿論言わずに。」
「分かった。後で適当に書簡を作っておく。」
それを聞いた双源は破顔し、緊張した空気を取っ払って言った。
「それじゃ、俺はこれで。」
そう言うと双源は窓からひょいっと外に出た。
緑流はしばらく静かにしていたが、両の頬を一度叩き、政務を再開した。
そして、再び静寂が落ちた。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!