神子色流れ 〜第七章 込められた意味〜 信者から裏切りが出る。 それは許されざる事。 「〜第七章 込められた意味〜」 朱鸞国妃の桃凜。 世間的に、高貴で誇り高く教養のある女王として君臨している。 大部分は間違っていない。 高貴かどうかは微妙だが、確かに誇り高いし、教養もある。 ただ、少しばかり性格に難有りだ。 「い〜や〜で〜す〜。」 川沿いにある小高い丘の上で、器用にも地べたで足を組みながら、桃凜は隣にいる近衛騎士団長から顔を背けた。 「いつまで、駄々をこねているつもりですか。貴女は!」 対する近衛騎士団長。 桃凜の幼馴染みで、一番彼女の被害を受ける彼である。 名は茜雅。 政務の度に城を抜け出す桃凜を、追っ掛けて取っ捕まえて連れ帰って政務をさせるのが、ここんとこの彼の仕事である。 「駄々をこねる?私がいつ、そんなことをしたってのよ。私はただ、私に仕事をさせようと企む官吏達の悪の陰謀から逃げ出してきただけよ。」 逃げているのは認めるらしい。 それにしても、朱鸞国で働く官吏達も大変だ。 何だって最高権力者にしか出来ない仕事がある。 それをやらなければ、下がその仕事を小分けにして片付けなければならない。 量が多い上に、被害を被る人も多大で最悪の状況だ。 「まぁ、簡単には動かないだろうから、今回は実力行使です。」 今までのは実力行使じゃないのだろうか、と言うのが桃凜のもっぱらの心情だ。 とは言え、茜雅に実力行使をされては桃凜に勝ち目はない。 これでも武芸に関して茜雅は、千和千鳥の中でも五指に入るほどだ。 怪我はしないだろうが、一週間は城から出られないほど体力を消耗するだろう。 隣で、弓に手を掛ける音が聞こえる。 そうなれば、桃凜が選ぶ行動は一つ。 「わかったわかった。戻るわよ。仕事すればいいんでしょ。」 早々に折れることである。 「わかって下さればそれで。」 茜雅も、桃凜の選ぶ道を知っているからこそ実力行使に乗り出そうとする。 そうして二人は帰路についた。 朱鸞国の妃城は城名を朱華城と言う。 初代国妃の名前だったりする。 その朱華城では筆頭女官の紫花が、痺れを切らして待っていた。 先々代の国妃の時から、女官見習いとして朱華城に入っていた彼女は、相当の切れ者であるらしく、筆頭官吏つまり宰相の代理も兼任している。 その紫花は今、花瓶の花を変えていた。 痺れを切らしていながらも、仕事を着々と進める辺り、出来た女性であると言える。 ふと気配を感じ、窓に目をやると桃凜が戻って来ていた。 「あら。紫花に見つかったわ。」 「あら、じゃありません。なんて所から出入りしているのですか。」 「凄いわ。紫花。何でここから出ていった事まで分かったの?」 「何、馬鹿な事を仰ってるんですか。常識的に考えて、城門から堂々と抜け出す人がありますか。そんな私共に楽な抜け出し方をされる貴女様ではないでしょう。」 「言われてしまったわ。全くその通りね。」 悪びれた風が全く見られない桃凜に盛大に溜め息を吐き、文机に座った自分の主の前に、音を鳴らして紙を置く。 「女王陛下が抜け出さっている間、長官の方々からあがって来たお仕事です。最低でもこの程度は、終わらせて下さいね。」 にっこりと効果音が付きそうな程、優美に微笑んだ紫花は絶対零度の北極を背景に背負っていた気がする。 桃凜は心底思った。 文机の上には、書道具が並んでいる。 硯や筆、墨にまで金箔や銀箔が散らされ、これらが入った箱は見事な螺鈿細工。 硯には黒曜石が使われている。 どれを取っても一級品だ。 桃凜はその中の筆を取り、書簡に筆を滑らせた。 達筆とまでは行かないが、流れるように書かれる行書は、やはりどこか女性らしい。 二、三時間程経ったところで、桃凜は手を止めた。 仕事が終わった事の報告と何か飲み物でも持って来てもらおうと思い、椅子から立ち上がり外に出ようとしたところで不意に隣に目をやった。 そこには紫花が変えた花が花瓶に添えられていた。 花蘇芳と大黄と蕁。 その草花の組み合わせを見て、桃凜は眉間に皺を寄せる。 元来、草花には花言葉があるもの。 千和千鳥でもそれは深い意味を持ち、人々の生活に影響を与えて来た。 一時期では、花の組み合わせで言葉を伝える花手紙もあったぐらいだ。 ただ、花手紙はかなり解読が難解。 数個の意味を持つ花もあるし、花の量が多ければそれだけ、知識が必要になる。 桃凜も教養の一貫として、花言葉を学んでいた。 それも、一般的なものからそうでないものまで。 「花蘇芳は裏切り。 大黄は忠告。蕁は悪意。」 桃凜は、添えられた花の花言葉を順に口に出した。 忠告、悪意、裏切り。 どう考えても、いい意味には感じない。 それ以降、何を考えても出てこない。 桃凜は小さく息を着いて、部屋を出た。 [次へ#] [戻る] |