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本編
37




泣くのを耐える俺の頭を一歩はひたすら撫で続けてくれた。どっちが兄貴なんだか。

急に恥ずかしくなってきて、一歩の体を引き寄せてぎゅうぎゅうと抱きしめる。小さく悲鳴を上げた一歩は、それでもそのまま大人しく腕の中に収まってくれた。

「あに、兄貴、ちょっと、苦しい」
「うん……ごめん。つい」
「ついって……あいつらにもやってんの?」

え、嘘怒った。あいつらって……あいつらか。
というかこれはヤキモチだろうか。

「いや、し……なくもなくは、ない……?」
「は?すんの?」
「いやいや、カルはね、あの、すげぇ甘えたで、」
「一緒に寝るとか言ってた方?俺あいつ嫌い」
「えええ」

棘のある声で「怖いし」と付け加えた一歩。あー、最初威嚇されてたしな……。俺のことになると人が変わるって言ってた方が良いんだろうか。

一歩の背中をよしよしと撫でながら考えていたら、いきなり一歩が動いた。腕が回ってきて、背中をぎゅうっと掴まれる。おお。

「……なんか嬉しいなぁ」
「は?」
「いや……生きてて良かったなって」

まだ刺々しい声の一歩にこっそり笑って呟く。途端にしがみつく力が強くなった。胸に押し付けられた頭がこくりと小さく動く。

「……話聞いてたら、奇跡だよ」
「うん?」
「……あり得ないことばっかで、こんな、戦争なんかあるとこで……元気に生きてんの、奇跡じゃん」

くぐもった声は小さい。奇跡。そうだよな。こんなとこに馴染みまくってるなんて普通ならあり得ないかもしれない。

「奇跡……というか……ここさ、なんか俺には甘いんだよなぁ」

“上”でキエラにも言ったけど、なんだかんだここは俺に甘いと思っている。
顔を上げた一歩が「はぁ?」とまた尖った声を出した。

「甘いって、何。人がってこと?」
「いや、人というか……人もなんだけど、この世界が?」
「……こんなとこに連れてきといて?」

それを言ったらまぁそうなんだけど。

でも、俺はあの時“消えたい”って思ったわけで、自業自得といえば自業自得だ。一歩にそんなこと言えないけど。

「……辛くてもなんとかなってるんだよな。なんか俺が生きてけるようになってる気がする」
「……それは、兄貴が頑張ったから、」
「うん。そうなんだけど、根本というか……言葉とかさ」
「言葉?」
「うん。言葉通じてるだろ」

あ、と一歩がこぼす。頷く。

「俺たち普通に日本語喋ってるけど通じてて、しかもここの言葉わかるだろ?普通ないだろ」

明らかに聞いたこともない言葉なのに意味がわかる。日本語喋ってるのに相手にちゃんと伝わる。どう聞こえてるんだろう。物凄い不思議な感覚。

クラシカと初めて会った時、耳までイカれたかと思った。それでも藁にも縋る思いで、使えるものは使おうと気にしないようにしていた。今でも仕組みは不明だけど、もうそれで良いと思ってる。
最近じゃヒアリングに慣れてきて、こっちの言葉がわかるようになってきたぐらいだ。喋るのはまだ慣れないけど。

「そういう、なんていうか最低限のことは保障されてる感じ?言葉までわかんなかったらさすがに怖かった」

黙っていた一歩がもぞもぞ動いて、俺の胸に顔を埋める。「なにそれ」と小さく聞こえた。

「なんか、怖い。それじゃ、なんか誰か……神様みたいな人が兄貴のこと操作してるみたいじゃん」


神様。

ああ、そっか。


「……うん、もしかしたらいるのかもね」

“上”に降りてきたといわれる神様。神様に祈る習慣なんてないけど、ここの人たち全員が知っている神話。その神様が実際にいたとしても、不思議じゃない。


だってここに来てしまった時点でファンタジーだし。
「納得すんなよ」とちょっと怒った声で一歩が言うから、慌てて謝る。

でもなぁ。神様がいるにしろいないにしろ、別に俺の願いなんて叶ってないしな。

一歩の背中をぽんぽん叩きながら、今までのことを思い出す。
確かに言葉や人には恵まれた。でもそれ以外は波乱万丈だ。
星に願ったりしてたけど、帰りたいとか、家族に会いたいとか、そういうのは……。




あれ?





「……兄貴?」


ギクリと体が強張る。
いつのまにか手が止まっていた。「うん?」と返事をしてまた背中を叩く。

「……なに?どうかした?」
「え、いや?何もないよ」
「でもなんか、」
「大丈夫だよ。何もない。……一歩、そろそろ寝ないとキツイかも。明日からまた大変だろうし」

話を無理矢理遮る。大人しく黙った一歩に心の中で謝る。

これ以上、考えたくない。

うっすら思ったことに蓋をして、早くなった心臓を無視して、ぎゅっと一歩を抱きしめる。
駄目だと思うけど、今日は……もうこれ以上は、勘弁してくれ。


「……兄貴」
「……ん?」
「いや……寝られないかも」
「うん……目つぶってるだけでいいよ。何にも考えないで、頭空っぽにして。体だけでも休めないと」
「……うん」


暖かい体温。一歩の匂い。安心する。
一歩もそう思ってくれたらいい。

今は、お互いがいることをただ喜びたい。

ぽんぽんと、なるべく優しく一歩の背中を叩く。


明日。

明日からちゃんと、今までと……これからのことを、考えるから。



おやすみと言って、返事があることに胸が熱くなる。

その暖かさを感じながら、目を閉じた。







神様。


いるなら、どうか。




どうか、この子に幸せを。





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あきゅろす。
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