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本編
36





「……なんか、適当になった。色々」


あれ、予想してたシリアスな答えと違う。


ボソリと言われた言葉に衝撃を受けつつ、思い当たる節がありすぎて正直に頷いた。適当。うん、適当だわ。

「あー……ほら、それは郷に入ればというか。真面目にやってたら身がもたないんだよここ」
「……タラシになった」
「タ……え、どこが?」
「……さっきのクソガキとか、もう一人の……一緒に寝るとかほざいてた奴とかの扱いが」

やっぱ起きてたのか。
いやていうかタラシって。そしてクソガキとかほざくとか、一歩もたいがい口悪いな。そういやさっきの口喧嘩もなかなかひどかった。

「いや、あれは甘やかしてるだけだし。あいつら弟分だからつい」
「……俺のと違う」
「え、何言ってんの?一歩はまんま弟だし、特別枠だから」

一緒になんて出来ないし、そもそも俺の甘やかしベースは一歩なんだけど。

「そんならいい」と素直に、それでも少し不満気に言う一歩が可愛くてよしよしと強めに頭を撫でる。
別れた時は微妙な反抗期だったから、こういうのすごく懐かしい。

「もう無い?変わったとこ」

ようやく眉間の皺がほぐれた一歩が目を細めた。
きゅっと、少しだけ手首が掴まれる。

「……男らしくなった」
「……え」

また斜め上なことを。

そんなこと初めて言われたんだけど。「どこが?」と恐る恐る聞けば、一歩は「全部」と即答して更に仰天した。

「最初に話した時とか、金髪の人に会った時とか……堂々としすぎて、すげぇなって思った」

……そこは兄貴として、格好つけちゃったところだな。

褒められ慣れてないからムズムズする。わざとへらりと笑って、一歩の目を覗き込む。

「弟には格好つけたいじゃん」
「……でもそこが一番、知らない人に見えた」
「……変わった俺は嫌?」

もう一回、茶化して聞いてみる。でも間近にある一歩の目は少しもぶれずに俺を見つめ返してきた。


「嫌じゃない……すげぇ格好良かった。知らない人みたいだったから、なんか逆にドキドキした」



……反抗期、完全に終わったな。









ゆっくりご飯を食べて、二人で毛布にくるまった。

真っ暗な中で向き合って、ぽつぽつとさっきの続きを話していく。一歩の思ったこととか、ここでの生活のこととか、一つ一つ丁寧に話していった。

「そういや、なんで最初に名前のこと聞かなかったの?ていうか違うって、他の人に言った?」
「いや……なんかそれどころじゃなかったし……兄貴がそう呼ばれてるんなら、なんか、理由があんのかなって……言ったらまずいかなって思って何も言ってない」
「え、さすが。ありがとう」

こんな状況でも色々考えてくれたことが嬉しい。ううん、と子供みたいな返事の後、少し間があった。

「……なんで隊長になってんの?そんな強いの?」

静かな質問に、ちょっと困った。本当、なんで隊長なんてやってんだか。

「んー……剣道やってたのが良かったよな。それに遠慮なく卑怯なこと加えてるから。超我流だし、ここじゃそんな戦い方する人いないから」
「ああ、だから?」
「ん?」
「さっき、俺のはもう剣道じゃないって」

あ、そんなこと言ったっけ。

「……うん。もうめちゃくちゃだよ。でも卑怯だろうが何だろうが、命かかってるから必死なの」

一歩が俺の戦ってるとこ見たら何て言うかな。武士道精神も何もあったもんじゃない。あんまり見られたくないなぁ。

一歩はちょっと黙ってから、「すごい世界だな」と呟いた。それから「無事でよかった」と言うから胸が熱くなる。俺の弟は本当に良い子だ。

「一歩にまた会えて良かったなぁ……」
「うん、まだ現実味ないけど……本当に、会えたんだよな」
「そうだな……これが夢だったら俺はもう立ち直れない」

ぼやいたら、一歩がもそもそと動いた。
毛布がずれて、腕に一歩の手が触れた。軽く置かれた手に、ホッとしてる自分がいる。

「夢じゃ、ないよな」

呟いた一歩も、触れることに安心してるんだろうか。
うん、と頷いて反対の手で一歩の手を握る。あったかい体温が嬉しい。安心して口を開く。

「……隊長になったのは、あいつの……クラシカの譲歩だったんだよな」
「え?」
「ここさ、三つ隊があって、第一と第二は、外に……国の戦争やったりする。第三はこの町の中の警備かな。俺はその第三の隊長」
「……戦争」
「そんな大きな戦争はなかったよ。でも怖いよな。俺はそれだけは……第一と第二に行くのだけは嫌で」

だって、そんなの確実に死ぬ。多分動けない。テレビの中でしか見たことがない殺し合いなんて出来るか。

「……ここさ、くじ引きするんだよ」
「は?」
「隊決め。くじ引きで、どの隊に入るか決めんの」

一歩が無言になった。まじかよって感じかな。俺も初めて聞いた時は固まった。まったくアホかと言いたい。
シューナに行った時は偉そうな事言ったけど、正直シューナの隊決めはめちゃくちゃ羨ましかった。

「だから、無理だって駄々こねて……そしたらクラシカが条件付きで第三にしてくれた」
「……条件?」
「うん……第三の隊長になるならって。ここ来て三ヶ月くらいの俺に」


───今第三には隊長がいない。それをここに来て数ヶ月の、しかも怪しいお前が務めるなら許す。


「……無茶振りすぎじゃ……」

本当にな。

面白半分のクラシカはやることなすことエゲツない。あの時の薄ら笑いはいつ思い出しても腹が立つ。
それでもすぐに頷いた。我ながらあの時の心理状態はやばかった。

「まぁなんとか……癪だけどおかげで死なないでやってこれたよ」

ぎゅっと一歩の手に力が入った。暖かさと、掌の硬さを感じる。しまった、怖がらせちゃったかな。話をそらそうと口を開く。

でもその前に、ぽつりと一歩が呟いた。


「……本当に、頑張ったんだな。二年間、一人で」



あ。



なんか、やばい。



「……うん」

頷く。それから、自然に言葉がもれた。


「頑張った……すごく、頑張ったよ、俺」


最後は声が震えて小さくなった。

さっきより強い力で手を握られて、顔にも手が触れた。探るように動いた手は、そのまま頭を撫で始める。
ああもう、やめてくれ。

「うん、頑張ったな」

その小さな声にじわっと涙が浮かぶ。

ゆっくりと頭を撫でる手が優しい。全身が脱力したみたいに、魂が抜けたみたいに思える。


頑張って頑張って、全力で生きてきた二年間。

ずっと張り詰めていた何かが、ふっと無くなったように思えた。


一歩が頑張ったと言ってくれた。


この二年は無駄じゃなかった。



───生きてて、本当に良かった。





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