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狼と忠犬

 一度落ち着こう。そう思ってうつ伏せのまま、枕を頭の上にのせた。
 真っ暗な瞼の裏の世界に重ねるように、後頭部にかかる軽い圧迫感。ホッと息をつく。


 ―――日影さまを、怒らせてしまった。
 何も言わずに部屋から逃走して、逃げ込んだ自室の鍵を締めて居留守を使ったのだ。開けろと言う命令さえ無視した。
 最後にドアに叩きつけられた拳の音が、俺に対する怒りの強さを物語っていたな……と考えて、消えてしまいたくなる。

 消えたくない。
 消えてしまったら、日影さまをもう見られなくなる。
 学園での3年間で、俺の中の日影さまゲージをマックスまで上げておいて、それを糧に一生生きていこうと思っていたのに。すでに初めの数カ月でこの様だ。


 日影さまは、傷付いただろうか。
 昔みたいな悲しい顔を、させてしまったのだろうか。

 どうすればいいだろう。どうするべきだったんだろう。
 近衛さんに相談してみようかと携帯に伸ばした手を、思いとどまって枕へ戻した。以前、バレたらバレたで構わないみたいな事を言っていた気がするし、俺のミスで知られてしまったのだから、子供みたいに泣きつくなど出来ない。
 というかどこまでバレでるんだろう?


 頭の中がぐるぐるして、身体まで揺れてしまうんじゃないかと頭上の枕をもっと強く押しつけた。増した薄暗さと圧迫感に、瞑ったままのまぶたが苦しくなる。





 メキッ。


「………?」

 メキ…ッ。
 

 俺一人だけの室内で、聞こえるはずの無い音がした。

 机の方向から聞こえたという事は、棚が壊れた?にしては大きい。

 メキメキ―――ガシャン!

「ぅえ!?」


 机じゃない、窓だった!
 飛び上がって振り向いた俺の目に、外からの風なのか、フワリと揺れるブルーのカーテンが映る。

 ガラスが割れたにしてはくぐもった重い音の正体は、床に落ちている、ガムテープを貼った窓ガラスのかたまりだった。最後のガシャンは、床に落ちた音だったのか。っていやいや、何コレ。
 窓にガムテープを貼れば、割れる音は最小限ですねとか言ってる場合でもない。

 枕を握ったままの俺の目の前で、カーテンの隙間から残りのガラスがパラパラと落ちている。


 窓の外から大きな手が伸びてきたかと思うと、カーテンを掴み、そのまま窓枠をおさえて……さっき見たばかりの、綺麗な銀髪の頭部が窓から侵入して来るではないか。

 映画か何かのワンシーンみたいに、それはスローモーションで俺の脳に受信される。


 ガ、硝子で怪我をしたりは……と心配するまでもなく、靴を履いている様子に安心した。そりゃそうか、裸足で窓ガラスを蹴る訳が無い。というか、何コレ。

 両手で窓枠を支え片足を置きながら上半身をのっそりと持ち上げた日影さまの顔が、ベッドで座り込む俺を捕えた。



「―――――テメェ…。」

 地の底を這うような低い声と、全身から発される憤怒のオーラにあてられた俺の顔色は、死人みたいに違いない。



 映画は映画でも、最近観たホラー映画にこんな場面があった気がする……。


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