狼と忠犬
逃走中
一心不乱に部屋を飛び出し、隣の自室へ逃げ込んだ。
練習に行ったのだろう堤の姿はすでに無かったが、俺がすぐに戻ると思ったのか、鍵を閉めずに行ってくれたのは有難かった。アイツはやればできる子だ。
とにかく急いでいた俺は、開けた扉が戻るまでの間も待てずに、自分の部屋へ早足で滑り込む。誰が来る訳でも無いのに、強迫観念に迫られてここの鍵は閉めてしまった。
「ハァ…ハっ。」
馬鹿みたいに息を切らして……俺は何をしてるんだろう。
ベッドに正面からダイブして、荒くなっていた息が整うのを待つ。数秒後、大きく深呼吸して布団から顔を剥がした。
枕の横に置いている漫画の題名を下から順に、声を出さずに読んだ。最後の5冊目でようやく気持ちが落ち着いて、日影さまの前から逃亡するという、一番駄目な選択肢をチョイスしてしまった自分に気がついた。
「……馬鹿か、俺…。」
いくら動揺していたとはいっても、これはない。
けれど咄嗟に良い嘘がつけたかと言われれば、今でも思い浮かばないのが現状で。やった事は最悪だが、芋蔓式に余計な言葉を発しないで済んだのはよかった。
自分の肌にある醜い刺青。身代りだったんだろうと言われた。
どこ経由でバレたんだ―――そう考える途中で、部屋のノブが回った。
がちゃりと緩く回りながらも、頑丈な鍵の所為で扉は当然開かない。次にドアノブがガチャガチャと激しく回転する。
ダン、と向こうでドアが殴られた。
「―――おい、いるんだろ。」
「い……ません。」
「ああ!?」
うわああああ。
咄嗟に居留守を使おうとしてコンマ一秒で失敗した。
日影さまの不機嫌な声に、反射的にうつ伏せていた上半身を持ち上げる。まさか俺なんかを追って来るとは思っていなかっただけに、落ち着いたはずの心臓が変なリズムを刻む。
ドクン、からのドドドドドドってなにこれスタンドとか出るんじゃないか!?だったら今すぐ時間を戻して全部無かったことに―――
「はやく開けろ。」
ならない!!
「る、留守です……。」
「ああ!?」
地響きと一緒に、頑丈な扉がブレた。
しかし寮の扉はこういった時の対策として、非情に頑丈に造られている。寮生なら誰でも知っている事実だが、それでも蹴らずにはいられなかった……そういう事で。
震えながらも部屋の向こうの気配を逐一逃したくない俺の耳が、小さな舌打ちを拾った。それと同時に、俺の背中も震える。
たぶん、扉の前の気配は消えた。
それでも俺は暫く動く気にもならなくて、無意識に握りしめていた薄い掛け布団を離してから、やっぱり握る。
「―――うー……。」
布と綿の柔らかい感触がなぜだか嫌で、握り潰すようにきつく、きつく握った。
―――いや、何してるの、俺。
感情と行動が伴わないなんて初めてで、どうしていいのか分からない。
これは、アレだ。
夢をみた時のように、お気に入りの漫画を読んで、1度眠れば……きっといつも通りの俺に戻る。そう思うのに、こんな時に限って漫画を読む気分にもならないとか、どうした俺!?
「う、うーん……ウー…。」
丸めていた背中を延ばして、もう一度ベッドへうつ伏せになる。
少しだけ、色々整理する時間が必要なんだ。
けれど―――――時間は与えて貰えなかったのである。
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