狼と忠犬
3
俺はいつも、間違っているのだろう。
元親衛隊同士での暴力沙汰は、風紀委員となった日影さまにとっては足を引っ張るマイナス要因でしかない。
わかっていたからこそ絶対にバレないよう行動していたつもりだったのに……薬の売上リストまでは気が回らなかった。さすが日影さま。これは学園内での隠れた制裁やイジメを発見する上でも、かなり有効な手段だろう―――などと感心している場合では無くて。
「………」
無言。
俺をジッと眺める日影さまの心情は、どうなのだろうかと心配になった。
マジで面倒事ばかり増やしやがってこの役立たずが、的な怒りは伝わって来ない……気がする。もしそうなら、こんなに無言の見つめ合いは続かない。
至近距離で正面から堂々とガン見出来るのは素晴しく俺得だ。俺得だが、この後に続く言葉を想像すると、馬鹿みたいに喜んでもいられない。
何度も失敗しているんなら、これ以上の間違いは許されないぞ俺。
上手くいけばこれから先、日影さまのお役にたてるよう側において貰えるといった可能性だって、ないとは言い切れないじゃないか。そうだ友近、これからのお前の行動が運命を握っている……かも知れない。
「痣だらけだな……。」
「申し訳ありません。」
「暴行を受けた側がどうして謝る。」
「元とはいえ、親衛隊だった生徒が問題を起こせば、風紀内での日影さまの立場が悪くなります。」
「俺の立場?」
はっ、と吐き捨てるように言われて、俺は戸惑う。
湿布を貼ったままの脇腹が急に締めつけられるように痛んで、自分の仕出かした失敗に鼻の奥がツンとした。
「―――俺の立場なんか、どうだっていいんだよ。」
そうですね、流石日影さま。ご自分の立場よりももっと重大な何かの為にお怒りなんですね。
「こんな風になるとわかってたら―――いや、関わるなと言った事は間違ってなかった。全部、俺が悪い。」
………?
がりがりと音が聞こえそうな程に片手で髪を掻き毟った日影さまの視線が、俺の顔ではなく、もっと下へ落ちた。
ついさっき確認された湿布のあとを目で追っているのかと思ったけれど、違った。日影さまが、「その刺青も。」と続けたからだ。
刺青。
以前見られているし、さっきも捲ったシャツから痣で変色した気持ち悪い龍の鱗を確認されている。だから今更だといえば今更なのに、なぜか咄嗟に、聞きたくないと思ってしまった。
日影さまの声なのに、この俺が、耳を塞ぎたくなるなんて。
「―――それは、俺の身代わりになって入れられたんだよな。」
ソレ、と指すのが何なのか。わからないハズが無い。
だけど俺はあの時、確かに、この刺青は近衛家の問題でこうなったのだと答えた。半信半疑ながらも俺の言葉に日影さまは納得していた、と思う。
今になって蒸し返す意味がわからない。
身代り。疑問形ではなく、確信しているような言い方に身体が震えた。
何度も何度も、それだけは目にしたくないと思っていた日影さまの顔を、俺は見るのか?
その後もなにか言われている気がしたけれど、俺の耳には全く入っていなかった。
じりじりと、少しずつ、後退する。
思考が上手く纏まらないのだ。
そうだ、これは仕方が無い。足が勝手に、ここから早く離れないとと動くんだ。
「―――えっ、あ、おい…っ!」
はじめて、俺は日影さまの前から逃げ出した。
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