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A
こんな事、初めてだった。
快活な兄とは違い引っ込み思案で人見知りで女の子とろくに話も出来ない性格だ。
彼とも兄を介していなかったらとても恋心なんて抱くには至らなかっただろう。

僕の言葉に驚いたように目を見開いていたが少しして頭を撫でながら「じゃあ付き合おうか」と言ってくれた。
最初は驚きのあまりその言葉を理解できなかったけど、「ホラ、息ちゃんとして」と微笑んだ彼に優しく言われてようやく理解した。
そうしたら涙がボロボロと溢れた。
嬉し涙というものを初めて流した。
晴れて恋人同士になった事を兄に二人で報告すると、やはり驚いてはいたが「良かったな。俺の弟なんだから泣かしたら殺してやる」なんて言いながらお祝いしてくれた。
その夜作ってくれたすき焼きは今まで食べたご飯の中で一番美味しかったと思う。

幸せだった。

優しい兄と、恋人。

側にいてくれるだけで。

それだけで良かった。


彼の様子に違和感を感じたのは夏休み前。
受験生だから何かと忙しくあまり会えなくて、せめてスタミナをつけて貰おうと差し入れに彼の家にこっそり向かった。
その途中の公園で、髪の長い女の人の腰を抱き寄せる彼を見てしまった。
ベンチに座り寄り添う2人は映画に出てくる恋人同士のようで、まるで現実感がなかった。

あまりにも非現実的で綺麗で目を背けることすら出来なくて2人が口付けを交わすのも、ワンシーンのように見ていたのだ。

名残惜しそうに離れてようやく僕は思わず叫んでいたんだと思う。
なけなしのお小遣いで揃えた食材の入った買い物袋を投げた。
逃げ出した。
走る僕を追いかけてくる彼。
足も遅い僕は呆気なく彼に捕まってしまった。
悲しくて、何が悪かったのか分からなくて喚き散らすと腕を引かれ、抱き締められて「ごめん」と呟かれ、泣いた。
彼の胸で散々泣いて、言い訳を聞いて。
どうしても、と言われたらしい。
それで諦めるから、と。
彼はかっこいいからそんな事もあるのだろうか、と思った。

疑っていないと言えば嘘になる。
どんなに好きでも、僕は男だから。
負い目がない訳ではない。

だから、許した。

初めてのキス。

今までのような唇が触れ合うだけのキスではない、恋人同士のキス。

本物のキス。

春から始まった僕たちは少し進展した。

僕はもっと進展しても良かったのに彼はどうやら慎重派のようだ。
それ以上は求められない。

人目を気にしながらもそっと手を繋ぐ嬉しさ。
キスをする幸せ。
穏やかな日々。

最初に見たあの浮気現場は彼の言うとおりだったのだろうと思った。


だがどうやら僕の考えは間違っていたらしい。



彼はまた浮気した。
今度は可愛らしい女性。
また泣いた。
彼はまた許してほしいと言った。
好きなのは「ハルだけ」だと。
2度目と3度目はそうやって収まった。

一番好きなのは、お前だよって。
だから……僕は。

だけど……
浮気は無くなるどころか一層激しくなった。





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あきゅろす。
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