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月が音を奏でる夜
005
「はい、スポドリ」
「サンキュ」

手渡されたペットボトルを開け、口に含む。
微かな甘みが口内に溶け、喉を潤す。

「……ごめんなさい」
「?」

何故、彼女が謝るのだろうか。
謝る事をされたのか、と思い、はた、と気付く。
担ぎ上げた事を指しているのだろうか?
ああでもしないと、逃げられなかったし、担ぎ上げたのはオレであって、謝罪をしなくてはならないのはオレの方なのに。
それとも、追いかけられた事を指しているのだろうか?
オレさえリクエストしなければ、こんな事にはならなかった。
彼女は無事に帰宅出来ただろうに。

「気にすんなよ」
「でも……巻き込んじゃったし……それに……ボク、重かったでしょ?肩……大丈夫…?」

どうやら、謝罪の原因は、考えていた事の両方を指していた様だ。

「……本当に、ごめんなさい」

大丈夫、と言っても、何処か申し訳無さげに眉を下げている彼女。
表情がくるくる変わるその様は猫のようで。

「なあ」
「何…?」
「何時も追いかけられてんのか?」
「……うん。何時もは物陰に隠れて、様子を窺ってる。何か……、目付きが異様と言うか……ギラついてて……身の危険を感じるんだよね。だから、歌う場所も変えてるんだ」

確かに、目付きは尋常じゃなかった様に見えた。
スカウトマンの立場から言えば、彼女は何が何でも手に入れたい人材。
見つけたら、追いかけ、名刺の1枚ぐらいは渡して、連絡先を交換したいからこそ、追いかける。
その決意が表情に現れる。
けれど、彼女にしてみれば、その表情が怖く、身の危険を感じてしまう。
イタチごっこを繰り返す。
どちらかが、根を上げるまで。
もしかしたら、先に根を上げるのは、彼女かも知れない。
それに、場所も変えている様だから、今回の様に偶然、彼女と逢うのは難しくなるだろう。
【輝夜姫】の歌声を聴ける機会は無くなる。
奇跡、と言う下らない物にしがみつきたくない。

「さって、と……」

彼女はくるり、と身を翻す。
どうやら、帰宅するようだ。

「送ってく」
「良いよ。悪いもん」
「女の独り歩きなんざ、襲ってくれって言ってるようなもんだろ。何かあったらどうすんだ!」
「でも……」
「でも、じゃねぇ。それに、彼奴等がまだ彷徨いてるかもな」
「あう……」

家族に迎えに来て貰え、と言えば良いだけの話なのだが、まだ一緒に居たいと感じてしまい、そんな言葉など消えてしまっていた。
暫くの間、沈黙が降るが、折れたのは彼女で、「それじゃあ……、その、お言葉に甘えて…………あの、えと……、お願いします」と、言って来たものだから、内心でガッツポーズである。

「―――――――……帰るんだろ。行くぞ」
「あ……うん」

ベンチから立ち上がると、スタスタと歩き始める。
蘭丸の後を慌てて追いかけて来る、その姿はまるで、ダックスフントか、マンチカンの様で。

[……かわいい]

そんな彼女を横目に見ながら、そう思う。
夜の帷の中を歩く二人を、空に浮かぶ満月が静かに見守っていた。

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