Andante
おかえり
あのまま寮に帰ってきたわけだが、考え事をしながらぼんやり歩いてたせいで何回も人やものにぶつかりかけたり何かにつまづいてコケたりして散々だった。
慧に助けられなかったら、俺は無事にここへ帰っては来れなかっただろう。
「ありがとな、慧」
「おう。明日はちゃんと道覚えろよ」
スパッと返す慧。ごもっともです。
このままじゃ慧がいないとどこにも行けないなんて事態になりかねない。
慧は部屋に入るなりテレビをつけると、金持ち仕様でフカフカなソファーに腰掛けた。
食後のくつろぎタイムらしい。
あーあのソファーすげー柔らかそうー。
「慧、この部屋ミルクティーとかあるか? 」
やわらかソファーにミルクティーなんて優雅で幸福な組み合わせだろう。
俺の言葉に慧はどうだったかな、空を睨んだ。
「ん−、多分ティーバックと普通の牛乳はあるぞ」
「よっしゃ、探してみる。慧はなに飲む?」
「じゃあ牛乳そのまま頼んだ」
そんなわけで、俺はキッチンに立っている訳なんだけど。
パッと見ただけでも大きめサイズの冷蔵庫、電子レンジ+オーブン、フードプロセッサー、コーヒーメーカー。
棚を開けてみれば中華鍋やらすり鉢やらよっぽど料理に凝ってないと使わなそうな調理機器までetc……
「これだけの器具が部屋の数だけ…………?」
宝の持ち腐れが多発していることは間違いないだろう。
キッチンを見回し絶句しつつ、ミルク鍋に火をかけて慧の分の牛乳を用意する。
「はいおまちどーさん」
「サンキュー」
カップを渡して再びキッチンに向かう。
もうすぐミルクは温まるが肝心のティーバックが見つからない。
「なにやってるんだ? 」
慌てて引き出しを漁っていると、バタバタした音が気になったのか慧がやってくる。
「慧、ティーバックってどこだろう」
気づけばコポコポとミルクが沸きはじめてしまっていた。
あぁしまった火を止め忘れてた。
「えーと……そうだな、上の棚にはなかったか? 」
「…………上?」
上を見ると、そこには今まで見落としていた棚があった。
棚はあったけど……
「…………無い」
ティーバックは無さそうだ。
「えーーっと……」
慧が更に頭をひねる。
ひょっとしたらどこにもない可能性もありそうだ。
「いいよ、今回は牛乳で我慢してやる」
「悪いな」
わざとらしくため息をついて上から目線にそう言ってのける。
慧は苦笑いしてマグカップに牛乳を注いだ。
怒ってもいいところなのにスルーしやがった。
「あ、そういえば錬、お前俺の牛乳に蜂蜜入れ忘れてたぞ」
気をつけろよなー、と笑う慧は当然のことのように俺の分のマグにも蜂蜜を注いだ。
…………金持ちはみんな牛乳に蜂蜜を入れて飲むんだろうか。
釈然としないままソファーに移動する。
「……え?慧そこ?」
俺がソファーに腰掛けると、なぜか慧は床にクッションを敷いて座った。
それなりの大きさがあるから二人で座ったって充分なのに、なぜか慧は隣に来ない。
「俺のことは気にするな」
さっきは普通に座ってたのに、変な慧。
不思議がる俺を横目に、慧はあいまいに笑っていた。
さて、俺達はテレビをBGMにゆっくりお互いのことを話していた。
ちなみに蜂蜜入りの牛乳はほんのり甘くて美味しかった。
これはハマりそうだと慧の嗜好に納得する。
「なあ、そういや慧は部活何やってんの?
俺的にはサッカー部だったらめちゃくちゃありがたいんだけど」
まぁ今までの会話からしてそれはありえないだろうけど。
案の定慧は首を横に振って、なぜか悪いな、と前置きして答えた。
「俺は野球部だ」
俺は少なからずショックを受けた。
俺の中で野球部とサッカー部はライバルというか犬猿な関係だったのだ。
なんせグラウンドが狭いから練習は交代でしか行えないし、練習試合で他校を連れてくるとなると校舎の中で筋トレとランニングしかできない。
「まさか慧達とグラウンド争奪戦をすることになるとは……」
これで仲がこじれたりしないといいな、なんて不安に思いながら呟く。
慧は何の話かわからないようで、頭に?を浮かべて一言。
「前の学校のことはわからないけど、ここは野球用のグランドもサッカー用のグランドもあるからな?」
ごく普通のことを告げるように慧が言った。
「っなんだその恵まれた環境!? 」
そういえばこの学校すごい金持ちだった!
スポーツ推薦はやってないって聞いてたから部活の様子が少し心配だったんだけど、グラウンドが整ってるなら充分だ!
「あっ、ひょっとしてここのグランドって芝生だったり?」
「サッカー部のはな」
「スゲーーー!!」
芝生でなんて滅多にプレー出来ないのに!
喜びのあまりソファーから慧目がけて勢いよく飛びつく。
慧はうおっと短く悲鳴を上げ、倒れ込みながらも俺を受け止める。
ごっと音が聞こえたから地面に頭を打ったかも知れない。
大丈夫かな、と顔色を窺う前に、慧は力任せに俺をソファーに放り投げた。
乱暴に放られても全く痛くない。
やっぱり理想的な柔らかさだ!
ちょっと楽しくなってそのままぼよんぼよんと跳ねる。
「危ねえだろっ!」
怒ったせいか顔を赤くした慧は俺を怒鳴りつけるなりチョップを繰り出した。
力加減が下手なのかそれともわざとなのか、かなり痛い。
俺はジンジンする頭部を抑えながら若干涙目で慧を睨んだ。
慧も手にダメージを負ったらしく涙目だった。馬鹿じゃん。
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