Andante
敵?
夕食を終えると、俺たちは足早に食堂を出た。
なるべく気にしないようにしてたけど、やっぱり視線が鬱陶しいし。
行きの騒々しいテンションも落ち着き、穏やかに談笑しながら歩いていると、前方から背の低い3人組がやってきた。
別に大きな声で話していたわけでもないし、広がって歩いていたわけでもない。
けれどその人たちは妙に人の目を惹いていた。
「人気な人たちなのか?」
3人組を見ながら言う。
周りがひそひそとせわしなく話しをしていて、静かだった廊下が今は少し騒がしく感じる。
「1人はな。他はそうでもない」
「あの人か」
どの人か聞かなくってもすぐにわかった。
少年らしさを残した3人の中でも取り分けかわいらしい子がいる。
髪は華やかに煌めく蜂蜜色で、くるりと内側にカールしている。
目はぱっちりとしたチョコレート色。
肌は白く透き通るようで、甘い顔立ちは守ってあげたくなるような雰囲気を醸し出していた。
相当な美少女、いや美少年だ。
女の子だったら片時も放って置かれないだろう。
「あいつは明石純平。生徒会長の親衛隊のトップで、高等部にはあいつ自身の親衛隊もある。…………危険の塊だ」
ヘタに関わらない方がいい。
言外に慧がそう訴える。
わかっていたけど、俺は自然と彼を目で追っていた。
すれ違う時のほんの一瞬、彼と目があったのは気のせいではないだろう。
「かわいかったろ?」
3人が通り過ぎた後で慧が聞いてくる。
「あぁ。あんなかわいい男見たことない」
……いや、あるかも?
まぁ本人は女顔であることを良しとしていないが。
ともかく、かわいいのには間違いがなかったのでそう答える。
「あのレベルなら親衛隊ができるのもわかるよ」
「……あーゆーのがタイプか? 」
……そう聞かれると困るなあ。
「かわいいとは思うけどタイプではないと思うなあ」
彼が好みだとしたら俺は圭吾と付き合ってないだろうし。
俺がそう言うと、慧は目を瞬かせた。
俺の返事がよっぽど予想外だったと見える。
「お前、ホモに偏見ないのか?」
どうやら慧は俺が普通に答えたから驚いたようだ。
確かに普通なら男にタイプもなにもないだろ、みたいな風に答えるのかな。
「俺、最近まで男とつきあってたから」
「…………っはぁ!?」
声をあげて驚く慧。そりゃあそうか。
「お前転入前も男子校か? 」
「ううん、共学の私立中だよ」
困惑している慧に自虐的に笑う。
「ホモってわけじゃないけど、ずっと一緒にいたら幼なじみ越えちゃって」
閉鎖的な空間での、一時の気の迷いとは違う。
俺はあの広い世界の中で、ごく自然に圭吾を好きになった。
「……おかしいよな。わざわざ男となんか」
抱きしめた肩の感触は、暖かくって硬かった。
あいつはテニスをやっていたから、繋いだ手も少しゴツゴツしてた。
わがままで、自分勝手で、独占欲剥き出しで、どんなときも俺のそばから離れない。
ほんとに手の掛かる奴だった。
だけど、そんな圭吾が大好きなんだ。
何があったって忘れることなんてできない。
「錬…………」
慧が戸惑ったように俺を見る。
なんて言えばいいのかわからない。そんな顔だった。
「ごめん、行こうか」
思わず感傷に浸ってしまったけど、なるべくなら今のはなかったことにして欲しい。
こんな風にいつまでもズルズル引きずるわけにはいかないし、なにより引かれて距離を置かれるのも悲しい。
そんな思いで、俺は何事もなかったかのように話を切り替えた。
慧もそれを悟ったのか、開きかけた口を閉じて再び足を進める。
お互い思うところがあったのだろう。
新たな話題は切り出せなかった。
無言の帰り道の中、響く足跡が何となく物悲しく聞こえた。
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