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Andante
ざわざわ2



「さ……慧、やっぱり引き返そうか……?」

「いや、この分だと帰り道もごった返してるぞ……」


久々に来た食堂は尋常じゃないほどの人で溢れかえっていた。
ピークは7時だと言っていたのに6時前の時点でどうしようもないくらいの人数に達している。


「明石が来てるのか?それにしては規模が……」


慧が眉を寄せ何やら呟く。慧にも確かな原因はわからないらしい。

空いているはずのない席を探していると、不意に誰かに肩をつつかれた。
慌てて慧の服を掴んで立ち止まれば、そこにいたのは。


「お久しぶりですね。
もうすぐそこの席が空くはずだから待っていてください」


だいぶ前にデザートをくれた、笑顔の素敵なウェイターさん。
なんで毎回ナイスタイミングであらわれるんだろう……。

慧を振り返れば、呆れたような驚いたような顔をしている。
どちらにせよ俺と同じようにドン引きしているのは間違いないだろう。

ウェイターさんの言っていた席は間もなく無人になり、俺と慧はなんとか気を取り直してその席へ向かった。


「……あ」


不服そうな慧の顔を見ていたら、思いがけず大混雑の原因を見つけてしまった。


「ねえ慧、気づいた?」


席に着くなりそう尋ねると、慧はきょとんとして何がだ?と尋ね返してくる。
俺は身を乗り出して慧に小声で耳打ちした。



「さっき、あっちの方に時雨がいた」

「会長が?」


周りにいた人も美形揃いだったから、きっと親衛隊持ちの人達なんだろう。
この騒ぎは絶対彼らが原因だ。


「そりゃ混むだろうよ……」


慧が苦々しげにつぶやいた。


「なんで食堂に来たんだろうな。せっかく部屋まで届けてもらえんのに」


メニューを選びながら、慧が怪訝そうに言った。
何らかのイレギュラーがあるなら巻き込まれない内に部屋に戻りたい。
俺と慧はいそいそと食事をかき込んだ。

慧に遅れはとったものの、俺もあっという間に夕食を平らげ満足だと笑う。


「行くか」


そう言って立ち上がった慧に付いて歩いていると、遠くからこちらを見ている時雨と目があった。
俺が小さく手を振れば、時雨はピクリと眉を動かし慧に何か目配せした。
慧はこくりと頷くと俺の手を引いて寮へと歩き出す。


「どうしたんだよ慧」

「お前が会長の方にホイホイ寄ってく雰囲気だったから」

「だいじょぶだって……」


さすがに3週間もいれば親衛隊の怖さは痛いほど学べる。

練習試合の最中に時雨を勢いよく転がした時の悲鳴は今でも耳に残っている。
ベンチから、給務室から、フェンスの外から、挙げ句には木の上から飛んでくる非難の叫びは驚きよりも恐怖を与えた。

部活で使うコートは基本的に部外者は立ち入り禁止だ。
時雨に会いたいが為に忍び込んできて木に隠れるなんて親衛隊の皆様はスタイリッシュすぎる。

それに、フェンスからフィールドまでの距離は長く時雨の顔なんてろくに認識できないはずなのに、それでも見ようとする精神。


……恐ろしすぎる。
これが恋するオトコはなんとやら、というやつなのだろうか。

その日はショックでサッカーに集中出来なかった。



……とまあ、このように親衛隊の執念は俺の中に恐怖として刻みこまれたわけだ。


「時雨は大変だな〜」


あのいい子ぶりっこモードじゃ親衛隊の大群を無碍にもできないだろう。
慧の隣を歩きながらちらりと後ろを振り返る。
俺に見えたのは何かにわらわらと群がる群集だけだった。



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あきゅろす。
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