雪月花 14 『これはあくまで僕の憶測だけどね。 もし、既に今、君の裏切りが機関側で正式に認められている状態で、その刺客として彼女が送り出されたのだとしたら…? 単なる殺傷事件にピンポイントで忍くんが巻き込まれるとも思えないし。 れいんくんの出方を伺うために…とかならそれなりに辻褄も合う』 そこまで言って、葉月は口を閉ざした。 しかし、れいんは普段と何ら変わらぬ声のトーンで、 「あながち、あり得ない話でもないわね」 言ってのけた。 そしてそのまま話を続ける。 「私だって自分の弱点くらいは判ってるつもり。 ただ殺されただけでは、私は何度でも蘇る。 生き返ってしまう相手を消すのなら、文字通り存在そのものをこの世から消すしかない。 そうなれば剣術を使う刺客が送られてくる事はまずないし。 私の存在を消せる可能性があのなら、奇術を使うハンター。その中でもナギ、ただ一人だと思っているわ」 『…確かに、凪くんは奇術に関しては機関でもトップレベルだ。 剣術ではれいんくんに分があるだろうが、奇術では――――』 「手も足も出ないわね。 私はおろか、機関の奇術師達じゃ。 奇術を使いこなす腕なら、ナギは間違いなく天才よ。 だけど、ナギの奇術と言えど私の存在まで消すことは出来ない。 もしナギが刺客として送り出されたのなら、恐らくは“あの術”を使えるようになっている可能性があるわね」 『…“あの術”?』 「聞いた事くらいはあるでしょ? ハンターの間では有名な噂。 絶対に使ってはいけない禁断の奇術。奇術師に於ける禁忌中の禁忌…」 言って、れいんは静かに目を瞑った。 それからしばらく考えを巡らせていた葉月は思い付いたように、 『――――パンドラか?』 受話器の向こうで、息を飲む。 今やもう名前すら聞かなくなった禁断の奇術。 その危険な術の存在を思い出し、葉月は完全に黙り込んだ。 葉月の口から“パンドラ”と言う言葉が発せられると、れいんは呆れたように鼻で笑い、 「えぇ、私も良くは知らないんだけど、パンドラはちょっとやそっとの精神力じゃ逆に自分の身を滅ぼす事になりかねない諸刃の剣と聞いたわ。 しかし、一度発動してしまえば防ぐ事も不可能。 世界を滅ぼす程の力を持った最凶の奇術ともね。 そんなのを使われたら、私と言えどひとたまりも無いわ。 たった一人の人間を消すために使う術じゃないけど、私を消せる唯一の方法である事は確かだし」 『確かに、機関の中でもパンドラを使える可能性があるとすれば凪くんだけだろう。 禁断の奇術と言えど、奇術は奇術。 その存在までが抹消された訳ではない。 機関の最深部にもなればパンドラの修得方法を知る人物が居てもおかしくない…か。 でも、パンドラなんて… 一歩間違えれば凪くん自身が』 そこまで言って、受話器の向こうで葉月はそれに気が付いた。 れいんも葉月がそれに気付いたのを見抜き、意地悪そうに、敢えて言葉にしてやる事にした。 「まず間違いない。 ナギは私と心中する気よ」 [前へ][次へ] [戻る] |