雪月花
13
◇
リリリリーン、リリリリーン――――
時刻は午後4時。
静寂に満ちた家内に、黒電話の呼び鈴が忙しなく鳴り響く。
「…」
居間で静かに本を読んでいた六条れいんは渋々ながら本を閉じ、気だるそうに立ち上がった。
そのまま玄関へと向かうと、壁に寄りかかるようにして立ち、受話器を拾い上げる。
「はい、ロクジ…アサギです」
『もしもし!?その声、れいんくんかい!?』
受話器の向こうの声の主は、誰が聞いても判る程慌てていた。
「そう言うあなたはハヅキね?
悪いわね。カオルは今寝てて電話に出れないから、言付けなら承るわよ」
なんて言う全く見当違いなれいんの親切心に、電話の相手、葉月前の声にも更なる焦りの色が見え始める。
『いや、そんなんじゃない。君なら取り乱す事はないだろうが、落ち着いて聞いてくれ。
忍くんが…刺された』
「……どういう事?」
漸く事の重大さに気づき、れいんの目にも力がこもる。
『僕も詳しくは判らない。
突然慌てふためいた友真くんから連絡が入って…
即僕の病院に運んで手術はしてみたけど』
「生きてはいるの?」
『ああ、とりあえず一命は取り止めた』
「…そう」
葉月の言葉に、れいんも安堵の溜め息を吐いた。
しかし、受話器からは折角安心したれいんの不安を煽る言葉が発せられる。
『ただ、かなりヤバい状態である事に違いはない。
相手には一切の躊躇もなかったんだろう。
見事に一突きだ。
急所こそ外れてはいるが、明確な殺意を持って刺したとしか思えない』
「…誰がこんな」
『傷口から見ても、間違いなく普通の人間の仕業じゃない。
人で溢れる真っ昼間の商店街での事件だと言うのに、犯人の目撃情報も皆無。
こんな事が出来るとなると』
「なるほど…」
『十中八九、鬼種の仕業だろう。
――――まさか、彼女…か?』
と、そこで葉月は何かを思い出したように呟いた。
「彼女?」
『君には黙っていたけどね。2週間程前…だったかな、僕の元に電話があったんだ。凪くんから』
「ナギ…から…?」
その名前を聞いた瞬間、れいんの声が震えだす。
『ああ。内容は君がどうしているかって…
てっきり君を心配しての連絡だと思ったから、色々教えたんだ。僕としても久しぶりで積もり積もった話もあったし、世間話感覚でさ。
君が無事に元気に過ごしている事。
そんな君を取り巻く、忍くん達の事を。
その電話の時、彼女は言っていた。
君の機関への裏切りが可決されるのも時間の問題だって。
そして、今ならまだ間に合うかも知れないって。
頑固な君の事だから戻るのは難しいんじゃないかとは伝えたんだが…』
「そうね。今更戻ろうとも思ってないけど」
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