short
備えあれば憂いばかり
「……いくらなんでもこれはないと思うの」
「泊まっていけばいいだけの話だろう」
「泊まってくよ。もう帰れないし」
「そうだろうそうだろう。暫く立ち歩き出来ない程度には我が輩頑張ってやったからな」
「ネウロ……
あたし、時間的なこと言っただけなので、話をヘンな方向にそらさないで頂きたいのですが」
「ヘンなとは心外な言い草だな。ついさっきまで喘いでいた貴様がそれを言えるとは、もしやまだまだ足りなかったか?」
「……ッ!あたしはね、明日になったってこれじゃ帰れないって言ってるの!」
「ふっ」
「『ふっ』じゃない!」
ネウロは余裕綽々のニヤニヤ顔を隠しもしない。
ああ、もう、全く!!
いちゃいちゃした直後に、こんな口げんか始めるのはどうなのってさすがに思うけれど、こればっかりは仕方ない。
* * *
ネウロが身体の上からどくのを待ってすぐに起き上がった私。動きはどうしても緩慢になるけど辛うじてシャツを羽織ってからスカートを拾い上げた……
そのスカートは、綺麗に切り裂かれていた。下着と一緒に清々しいほどすっぱりと。
隣に座り込んだネウロの目の前にそれらを突き付けて、私は言い募ってやる。
……それが先程のやりとりだけど、ネウロはどこ吹く風な様子。
ほんとにほんとに、このやろう。
仕事を終えて事務所に戻って、まぁ…いつものように良い雰囲気になったりして…ていうかコイツが私を求めてきて……
それはいつものことだけれど、コトを急いたかこの魔人、よりによって素の爪でスカートを下着ごと切り裂いて落としてくれちゃって……
びっくりして、
『あ』
って声が出たけど、もう手遅れだった。二重の意味で。
切り落とされたスカートを確認することも、それをやらかした男を咎めることも出来ないまま流されて、コイツに翻弄された自分も含めて恨めしいやら恥ずかしいやら……
「全くもう、何に目覚めたらスカート切り裂こうって思えるのよ?」
「なるほど言われてみれば、そのようなプレイに興じたことなどなかったな」
「プレイ言うな!
そんなんカジュアルに興じられてたまるかっ」
叫ぶ私にネウロは『オヤ』という表情を向けた。
「結局は堪能しまくった分際でよくもまぁ」
「それ言うの反則!禁止!」
「そもそもが、あのような密着度の高い穿きものなど身に付けるのが悪いのだ」
「せめてタイトスカートって言って」
「せめてとは我が輩の方の科白だぞヤコよ」
「どーゆー意味よ」
「せめて脱がしやすい衣服をチョイスするのが、奉仕する我が輩への労いではないか?」
「……そっちに話をスライドさせるなって、あたし言ったよね?
いいかげんにしないと今度から不二子ちゃんばりの全身レザーを仕事着にしてここに出勤してやるから」
「似合わないのではないか?体型的に……」
「うっさい!
あんたがあたしをイジるのに手段を選ばないのと同じ手を使わせてもらうだけだよ」
応酬の末に凄んでやると、
「チッ……仕方ない。夜が明けたら我が輩が調達してきてやる。だからそんなにぎゃんぎゃん喚くな」
ネウロらしからぬ返しに私は毒気を抜かれてしまう。
「……ちゃんとしたの買ってきてよ」
「注文できる立場か」
「十―――分その権利ありまくりだと思うけど」
「そうか。
……で?下着もやはり調達するのか?」
「………それはいい」
「ほう?」
「…………」
このやろ、わかってて訊いてるな。
こんな状況だと、その事実を認識するのすら嫌になりそうだけど……この事務所には下着と、あとストッキングの替えだけは、ある。
あれやこれや必要な時があるんだから、仕方ない。でも、でも、さ…………
「ああぁ……」
「何を悶えている」
「うっさい!!」
ほんとにほんとに今更ながら、なんていかがわしいんだろう。この事務所も、私達も……!!
夜が明けて目覚めてみたら、ネウロはもう居なかった。
昨夜言ってた通りに、破っちゃったスカートを調達しに行ったのか……と、ホッとしたの半分不安も同じくらい半分。
ムダに凝り性なネウロのこと、何を買ってくるか…ていうか『買って』調達するのかすら怪しいけど、とにかく私は待つしかない。
まだ節々がだるいのをいいことに、私はタオルケットをぐるぐるに巻いてまたソファに横になった。
……次の瞬間。
「待たせたな、ヤコ!」
窓から颯爽と『ご帰宅』のネウロ。
「うわ、早っ」
驚いて起き上がりつつ、つい口に出してしまったけど、ネウロは全然気にしないで一足飛びにソファに来て私を見下ろして、抱えてた変に大きい紙袋を目の前に突き出す。
受け取って中を見ると、服一揃えが入ってるようだった。
「下の…スカートだけで良かったのに」
「まぁそう言うな。着替えてくるがいい」
「う……うん」
てっきりネウロが着させてくれるのかと思ってたから……ネウロそういうこと好きだから……ちょっと拍子抜けしてしまう、私。
給湯室に入って紙袋の中身を改めて見ると、今の季節に合った色合いの、ゆるふわで可愛らしい…いわゆる『ガーリー』な服だった。
今の私なら、まず選ばなそうな。
思えば、私は(表向き)一人で活動してた上に海外に行くことも多かったから、意識して少しでも大人っぽく見える格好をしてきた部分はあった。
ネウロはその辺気付いててわざと選んだんだろうか…………
とにかく、もさもさと着はじめる。
―……奉仕する我が輩への労いではないか?―
あんなこと言うだけあって、着やすい。
イコール…………
「…………着たよー」
給湯室から顔だけ出して声をかけると、
「何を柄にもなく恥じらっている」
ネウロは顔だけこちらを向いて言った。
「恥じらってなんか……いや、ハイ。恥ずかしいです」
「我が輩の見立てに不満でも?」
「そーじゃなくて」
不満とかそーいうんじゃなくて。お世辞抜きに可愛いし、着てみて即お気に入りになった。
だけど客観的にあたしに似合ってるかまではわからないから恥ずかしい、のに。
「全く……」
ネウロがソファから立ち上がったと思ったら、一瞬で私の目の前に立つ。
「おぉ!」
と、大袈裟なほどの声をあげたんでこそばゆくって、
「……何よ。馬子にも衣装…衣装負けしてるとでも言いたいの?」
ヤケクソ気味に言ってやると、
「とんでもないですよ先生。
先生のことなら誰よりも存じ上げている僕が選んだのですから、お似合いにならない筈がありますまい」
「そ……そう?ありが、と」
助手モードでの忌憚のない率直すぎる称賛。それは、本心だけどネウロ的に言いにくい事柄に関しての時の口調。それに、私は戸惑いがちな返答しか出来なくなってしまった。
ほけっとしてしまったのは完全に迂闊。魔人相手に油断は絶対してはいけない。
……それも、後悔先に立たずなんだけど。
笑顔が迫ってきたと思ったら、
「……本当に可愛らしい」
耳元で囁かれて、不意打ちに膝の力が抜けてしまった。
「何すんの!」
囁かれた方の耳を押さえて怒鳴るような声音で批難すると、
「……本当のことを口にしただけで貴様はそのように怒るのか?」
「う……っ」
やばい…やばい……
なんかまた、この魔人の手のひらの上で転がされてる感じが、する。
そうと感じたら、もう手遅れってやつで……
「ちょ…ちょっと待ってよ」
「待て…とは?
我が輩にその姿を見せておいて、今更何を?」
「じゃあ、これも切り裂いちゃうの?」
「……まさか」
そんなやりとりの間も、着たばかりの服はゆっくりとていねいに脱がされていく。
「『男が女に服を贈るのは、それを脱がせる下心がある』とは聞いていたが……
ヤコよ、貴様がそれを着て見せてくれた瞬間に理解したぞ。面白い……実に愉しいものだな」
「…………」
確かに昔、何かで見聞きしたことある……
なるほど…あたしも理解しました。
スカートを切り裂いちゃったのは完全に迂闊だったんだろうけど、その後のことはネウロの中では折り込み済みだったのね……
「……さすがに今日は帰らなきゃなんだけど、これ着て帰るの?ちょっと恥ずかしいなぁ」
今度はネウロの青いジャケットを羽織ってる私は、綺麗にローテーブルに置いてある服を横目で見つつ訊く。すると、
「誰がこんな人目を引く格好を一人でいる時にさせるものか」
と、ネウロ。紙袋の底には確かに、フツーにスカートも入ってたことを思い出す。
紙袋にあった時点でうっすらわかってたことだったけどさ、この展開……
「これからは不測の事態に備えて、ヤコの服も常備しておかねばな」
「あんたが気を付ければ済む話でしょ。やだよ私」
「遠慮するとはヤコらしくない。下着の替えを常備するのとどれだけ違うのだ?」
「う……っ」
「何、心配せずとも、それらは我が輩が厳選しておいてやる。何か異論は」
「あると言ったら?」
「聞こえんな」
「あー、はいはい」
そして、私がそれを着て見せて、脱がされて……までがセットなのね。
やれやれ、何に目覚めてしまったのやら……とにかく楽しそうで何よりです、魔人様。
おわり!
※ ※ ※ ※ ※
事務所には替えの下着がおいてあるという、別の話で使う筈だったエピソードと、ネウロさんがうっかりスカートを切って落としてしまったってシチュエーションを思い浮かべて結び付いたことからはじまった、突発アホ話です
服を破っちゃうってシチュエーション、ネウヤコではあるあるのようでいて私は確かかいたことなかったなーって
その点では何番煎じで、どんだけ使い古されたかわからないネタですが(笑)
20210419
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