short 宴のあとの更に後 夜更けの事務所。 アカネは仕事を終え、とうに壁紙の向こうに潜り眠りについている。我が輩はトロイでパソコンのモニターに向かう。 ……概ね、いつも通りの光景だ。 手慰み程度にキーボードを鳴らしモニターを眺めていると、脳内に映像が流れ込んできた。 蟲が送ってきた、ヤコが今いる所……ヤコがこれから向かう場所…… 予想通り…望み通りの情報に我が輩は思わず「ふっ」と笑みを漏らしてしまってから蟲との連携を断ち、おもむろにトロイから立ち上がりソファに向かう。 ローテーブルの上には、色とりどりの包み紙とリボンに彩られた箱。全て有象無象からヤコへと届けられた貢ぎ物…贈り物だが、開封する余裕など与えなかったので届いた時の箱のまま無造作に置かれている。 それらを一瞥しソファに座る。目を瞑り、ただ、待っている。 さほどの時を経ずに………… 「やっほー!!」 ガチャリと扉が開き、いつもより甲高さを増した声が事務所内に響く。が、数瞬の後にアカネが就寝しているのに気付いたか、 「あっ……」 と、ヤコは声を潜め、殊更にゆっくりと鍵をかけ、わざわざ口に手を添えて、 「……ただいま、ネウロ」 そう囁いてから、軽快な足取りで我が輩の座るソファの傍に歩み寄った。 見上げて、少しばかりいつもと違う…と思う。 ……年相応の格好とでもいうのか。そんななりをしている。化粧もやや念入りに見える。蟲を通じて“視る”のと直に見るのとではやはり違うものだ。 なかなか悪くないではないか。言ってやりはしないが。 「何だ、戻ってきたのか」 代わりに、我が輩はそう口にした。ヤコがここに帰ってくることをわかっていただけでなく、それにこころ弾ませていたにも関わらず。 我が輩を数刻にも渡り放っておいた、ささやかな罰のようなものだ。 そんな我が輩を何と思ったものか……ヤコは特に気にすることもなく、「うふふ」と笑みを漏らしつつ我が輩のすぐ横に座り、腕を絡ませ身をすり寄せてきた。 「だってネウロに逢いたかったんだもん」 「…………」 ヤコから漂う匂い…そして常にない素直な物言い…… 「ヤコ……酔っているな貴様」 わかりきっていることを我が輩は問う。ヤコを視ていたことなどおくびにも出さぬよう……ヤコが気付いているいないは関係なく。 「うふふ…そうだよ〜 いつもならこんなこと言えないもん」 「酔っているから逢いたくなったというのか?心外なものだな」 「やだー!そうじゃない、そっちじゃないよ。 あのね。お昼前まで一緒にいたけど、それでもまた逢いたい。逢いたいから帰ってきたって気持ちをね、ちゃんと言えること」 「ほう」 「そんな気持ち、こんな風に口にするの、いつもなら恥ずかしいから出来ないけどさ。 でも…うん、そうだね。ネウロの言う通り、確かに酔ってるからだね。こうして帰ってきたし言えるってことは」 「…………」 そのようなことを言うあたり、幾ばくか酔いが醒めつつあり冷静さも取り戻しているものか………… 今日はヤコの誕生日だ。 それは即ち我が輩の『誕生日』でもある。狭義では違うかもしれんが、広義では確かにそうだ。 そういうわけで、日付が変わった直後から互いに互いを祝い合い、夜が明けてアカネが目覚めてからは皆で賑々しく祝っていた。 祝いは済ませている。我が輩としてはそれでも尚、今日一日ひとときも離さずいたかったものだが…… ヤコを祝いたい者は我が輩達だけではなかったのだ。 こちらの世界では年毎……ほぼ365日ごとに巡り来る『誕生日』 二十歳となる今年は、ただの通過点などではなく、節目であり一生に一度だけなのだとか何とか。 それは理解してやっても良かったが、だから友人共と会うのでめかしこむ必要があり帰宅したい。午後は暇が欲しいとヤコは抜かした。 昔の我が輩ならば冗談ではないと一蹴したかもしれないが…我が輩も随分優しくなったものだ。ともかく、『謎』の気配がないならば引き留める強固な理由はない。よって帰宅を許さざるを得ず、ヤコは昼過ぎに自宅へと帰っていった。 それならそれで、事務所には片付けるべき雑務があるので構わんが……などと思う筈もなく。 我が輩は作業などそこそこにアカネにほぼ丸投げし、ヤコに憑かせている蟲からヤコの動向をしばしば観察していた。 公の場で堂々と酒が飲める年齢となったヤコを、友人共は酒盛りに連れ出していた。 ……酒盛りという表現はやや的はずれかもしれない。繁華街の場末の店ではないようだ。恐らく若者の好みそうな……所謂『洒落た雰囲気』の場所なのであろうか。 そのようなこと我が輩には解らん。だが、式典としての『成人』を済ませてはいるが早生まれ故に『公の場』では決して飲酒出来ない立場だったヤコを祝う為に選び、連れてきたのであろうことは解った。 世界的に著名なヤコはどうしても目立つ存在だ。祝われて嬉しそうに笑っていれば尚更。本当に頻繁に声をかけられていた。 女が声をかけることも勿論あったが、酒の場という解放感が成せる技ともいえようか。やはり浅ましい下心丸出しの男共がはるかに多かった。 ヤコと酒の席を共にし『お近付き』となり、あわよくば昵懇に…などと考えるとは、なんと身の程知らずなことであろうか。その他の小娘共相手ならばまだしも。 友人共は心得、慣れてもいるのか軽くいなして結果的にヤコを守ってはいるが、あまりに頻繁で、いざというときには我が輩自ら出向かねばならないこともあろうかとふと思う程だった。 しかし、聞くと見るでは段違いレベルに大喰いのヤコのこと、煩わしい他人のあしらいは友人共に任せ“マイペース”に飲み食いに興じるのみで、それに勝手に引いて立ち去る者もあったのが、視ていて面白くもあった。 暫ししてお開きとなり、店から出ても尚、そぞろ歩く一行に話しかける者がいたりもしたが、小娘共のガードは固かった。そうでなければヤコを繁華街に連れ出せないだろうと事前に打ち合わせていたのかもしれない。密かに感心したものだ。 駅に着くと友人が一人去り二人去り、残るはヤコが『カナエ』とか呼んでいた女子高生時代からの友人のみとなった。 『今日はありがとう』 『なんのなんの! それにしてもさすがにヤコ。モテモテだったね』 『あれはモテるってのと違うでしょ。珍しがられてるだけだって』 『ま、話しかけてきたチャラ男にいい男全然いなかったし、仮にイケメンいたとしたって、ヤコにはもうお相手いるしねー』 『………………』 『あ、しらばっくれてもダメだよー。 これから帰るの、家じゃないでしょー?ね?ヤコ』 『……叶わないなーホント。叶絵だけに』 『あはは!ヤコうまいこと言うー! あ、タクシー順番来たね』 『ほんとにありがとね』 『こちらこそ。 ……んじゃね。今度はあんな大人数じゃなくてさ、二人でゆっくり個室あるとこで飲もーね』 『うん!』 『助手さんによろしくー』 『うっ。 …………バイバイ』 それらを見届けてから、我が輩は蟲との連携を切った次第だ。 ……そうして、ヤコは真っ直ぐここへと帰ってきた。ヤコは我が輩のものなのだから、奴隷として模範的であり、ごく当然のことだ。 そうと思うのとは裏腹に、胸のあたりに染み出し脳に到る暖かな心地良さは…… しがみつくヤコを少し引き剥がし、酒気のせいか潤みがちな瞳を覗き込む。 滲んだ紅がシャツの襟からほんのわずかに覗いているのを認める。見えるか見えないかギリギリの所とわかっていて昨夜わざと付けた『しるし』が。 それは我が輩の心の何かを小気味良くくすぐった。男じみたくだらない虚栄心に過ぎないのだろうが。 軽く…音をわざと立てて口付けを繰り返してやると、邪魔な感触、邪魔な味がカンに障る。 その違和感は存外に煩わしいものだ。少々の酒くささなど一向に気にならないのに。 顎に手をかけ親指を唇に当てぐるりとなぞり、口紅をざっと拭い取る。 唇に塗られていたものを取り去ると若干幼く見える。二十歳の誕生日を迎えたとて俄に大人になるなどの道理はなく、我が輩からしてみればヤコはまだまだ小娘の領域でしかない。 護ってやらねば…極力傍において、これまでのように。 ……この我が輩が。 これはこれまでもこれからも我が輩だけのものなのだから………… 長く深くの口付けを与えながら、考える。我々は何も変わりはしないのに、ついついそのようなことを。 顔を離すと、ヤコは我が輩を潤んだ瞳で捉えたまま、ほう……と悩ましげな溜息を吐いてから、 「……何か、吸い尽くされるっていうか……喰い尽くされそう……」 と、若干震えた声で囁いた。 「……喰ってやってもいいが」 「いや……今は、ちょっと」 「イヤか?」 「イヤなんかじゃなくてさ……」 俯いたヤコは欠伸を漏らし、甘えるように胸に頭をすり寄せてきた。 「んー…… 昨夜はほとんど寝かせてもらえなくてほぼ完徹状態でお酒飲んじゃってるから、正直眠くて眠くて……」 「ならば家に帰れば良かったではないか」 「まぁたそんなこと言ってー」 こちらを再び見上げての囁きは甘く耳をくすぐり、向けられた蕩けるような笑みも相俟って、唆される……この我が輩が呆気なく。 吸い寄せられるようにごくごく軽く唇を触れ合わせると、もどかしそうにジャケットを握る力が強まる。抱かれる気はないくせに随分と積極的な……とは思うが、望み通りに… ヤコがしてほしいように。そして我が輩のしたいように………… そのまま眠りに落ちるのかと思いきや、 「あ」 ヤコが唐突に声をあげた。 「日付、変わったね。誕生日終わっちゃった」 「……だから何だと言うのだ。寝るならさっさと眠れ。でないと放り出すぞ」 「誕生日を迎えた時も、過ぎ去ってく時も一緒にいられるって、素敵じゃない?」 「…………」 こちらの言うことに構わず思わぬことを口にしたヤコに我が輩は少し驚く。 ―ならば、余計なヤボ用など入れなければ良かろうに……― などと、うっかり私怨が生じてしまい、どう返したものか言葉に迷う。 「うれしいよ、あたし」 「……やはり喰われたいのだな」 「違うもーん」 違うと言いながら、ヤコは我が輩に抱きしめられ口付けされるのを請う。ほんとうに嬉しそうに笑いながら。 我が輩を誘うような言葉を紡ぎ、媚態を滲ませておいてヤコは…… ―“我が輩の奴隷”は、ほんとうにどうしようもない奴だな…………― そして勿論、我が輩自身も。 変わりゆく……“進化”のスピードの早い人間…ヤコと過ごすときはきっと、過ぎ去ってしまえば我が輩にとって瞬きにも似た短さだろう。 節目の日に改めて、この娘と共に在ることが出来、これからも共に在るときを紡いでゆけることを悦び、その奇跡を寿がずにいられないのだ。 まぁ流石に今は朝まで我慢してやるが、その後のことは、知らん。 たとえヤコが、 「ほんっと、せっかちだし底無しだし!」 と、呆れ嘆こうとも……な。 ※ ※ ※ ※ ※ また誕生日当日に上げられなかった 事前から準備してたのになぁ…しょんもり でもこうして更新できて嬉しいです ネウヤコbirthdayといえば、昨年2,020年は満月で、すごく興奮したことを覚えてます(笑) やっぱりね、ちょっと計算したらネウヤコは同じ誕生日というのはネウヤコスキーにはたまらん設定ですよ このひと手間がね、憎いね。いやほんとに! 更新した今日は別の意味で節目……節目というか通過点の日です いろんな試練のような出来事を経験したりすると…… この歳になっても割と元気でいられて、そこそこ好きなこと出来て毎日がけっこう楽しいというのはほんとうにありがたいことなのだと痛感します 読んで下さってありがとうございました 20210311 <前へ><次へ> |