short 未満のころ 我らが『桂木弥子魔界探偵事務所』の真の主であるところのネウロ様は、『謎』を解く過程で反撃を喰らい負傷なさり、そのまま戻ってこられることが時折あります。 受ける傷はほぼ全部が銃創なのだから恐ろしいものです。私はあまりお見かけすることはありませんが…というより、極力見たくはありませんが…… きっと探偵さん…弥子ちゃんは負傷する瞬間までも逐一見ているだろうに、流石に慣れているのでしょう。特に心配している様子も見せずに、連れ立って事務所に帰ってくるのがすごいです。 ……まぁ、ネウロ様が弥子ちゃんの帰宅を許していないだけなのでしょうけど。 そう、まさに今もそんな感じで。 弥子ちゃんはまっすぐソファに座っておやつタイム。 負傷なさったネウロ様もこの時ばかりは弥子ちゃんに虐待紛いのスキンシップを仕掛けたりはなさらず、これまたまっすぐ所長席に座って瞑目しているといった具合で各々静かに過ごしています。 ……ただ。 今日に限っては何故か、弥子ちゃんがチラチラとネウロ様の方を見ているのが目に入ります。何か気になるのでしょうか? 「あのさぁ、ネウロ」 おや、珍しく弥子ちゃんから話しかけてますね。 いつもなら『お遊び』を恐れてか、自分からネウロ様に話しかけることはそんなにしない弥子ちゃんです。黙ってても、いつもネウロ様からちょっかいをかけるんですから。 ネウロ様は返事はなさいませんが、弥子ちゃんの方をチラリと見遣りました。 弥子ちゃんは立ち上がって所長席に…ネウロ様の所に行き、 「あっ、やっぱりもう治ってる……どころか服の破れも血の跡さえもない」 と、少し驚いた声音で言います。 それに対して鼻を鳴らしたネウロ様が、 「……だから何だというのだ。この程度のこと、見慣れたことではないか」 と、少々馬鹿にしたような口振りで仰いました。 「見慣れた?見慣れさせられただけで、そうなりたいもんでもないよ全然」 ちょっと俯いて口籠り気味の弥子ちゃんの言葉に、私はふと「おや」と思います。 もしかして弥子ちゃん、心配してるけどそう見せないだけなんでしょうか……? 「甘えたことを言うな」 「甘えてないってば。ていうか、どうしたら甘えたってワードが出てくるのよ。“こっち”に来てからくっつくのが遅くなった的なこと言ってたから、気になっただけなのに」 今度は戸惑っている様子の弥子ちゃん。やっぱり心配してるんですね。 でも『心配されている』ことがネウロ様には理解出来ないようですから、致し方ないといえばそうなのですが、それでは弥子ちゃんが少し気の毒ではあります。 「すっかり良くなってるなら何よりだよ。 ただ、ね。普通に傷を治すのもすごいと思うけど、同じように服のダメージも直るのがね。ネウロなら当たり前かもしれないけど、人間にはそんなこと出来ないからさ。改めて、すごいなぁって」 ぽつりぽつりの言葉にネウロ様が「ふっ」と笑います。 ……そこ、笑うところかしら。 でも、まぁ… 不意に髪だけ甦ってから今までの日々で、ネウロ様はこちらの感覚からすると色々ズレたお方なのだということが十分すぎるほどわかってしまっているので、ネウロ様らしいと結論づけるだけで済む話なのですが。 「この服は魔界の物質で出来ているからな。我が輩の意思……魔力いかんでどうとでもなる。言ってみれば、皮膚の延長線上のようなものだ」 得意気に仰るネウロ様ですが……聞いている弥子ちゃんの表情が見る見る変わっていきます。 「なら、あんた、もしかして……」 体を引き気味にして、声まで震わせている弥子ちゃん。今しがたのネウロ様の言葉の何にそんなに反応しているのでしょう。 「何だというのだ」 「……あんた、ずっと素っ裸でいるのと同じってこと……?」 「ム?」 ―えっ……― まぁ何と突拍子もないことを……と思いますが、弥子ちゃんは真剣そのものといった表情。 「だって……だってあんた、今、さ、自分の意思でどうとでもなるって言ったよね? それってそのスーツだけじゃなくて、もしかしたら…その手袋も……? 何か指先ドライバーっぽいのになってたことあった記憶、あるし、そういえばパカッてなって蟲っぽいの飛ばしてこともあったし」 「ム……」 ネウロ様は顎に手を当てて少し何か考えた直後、 「……そう言われると、否定しきれんな」 ニタリと笑って立ち上がりかけます。 そういう時だけ珍しく弥子ちゃんの言うことを肯定したってなぁ…… 弥子ちゃんが安心出来る事実ではないのに、ネウロ様はわかって言ってらっしゃる。 「寄るな!」 咄嗟に素頓狂な声をあげて身を翻して逃げようとする弥子ちゃんですが、まぁネウロ様から逃げられる筈もなく、呆気なく後ろから羽交い締めにされてしまいました。 弥子ちゃんは今は『素っ裸』の言葉しか頭にないのでしょうね。 「はーなーせー!この変態!」 「変態とは人聞きの悪い。皮膚の延長線上と言ったところで、裸そのものではないのは当然だろうに。それに下手な鎧などよりずっと防御力に長けているのだぞ」 「話をすり替えるなっ! それに…結局銃弾には叶わないんじゃん」 「ムッ」 言い募る弥子ちゃんの必死な科白が少し面白いです。弥子ちゃんたら、ネウロ様と一緒にいるのに慣れすぎてどこかマヒしてるのかも。 弥子ちゃんの言葉に少しムッとした様子のネウロ様でしたが、すぐにまた企みを存分に現したニヤリ顔になり(勿論それは弥子ちゃんからは見えないのですが)、不意に弥子ちゃんを抱え上げたと思ったら、先程までご自身が座っていた椅子に座らせて、 「貴様こそ、防御の足しになりもしない薄っぺらな布切れなんぞを身にまとわせて何の意味があるのやら。言ってみれば我が輩以上に裸同然ではないか」 何だか硬直している弥子ちゃんの体を上から下へと両手でペタペタ叩いているその様子は、もうどう見てもセクハラ案件です。 「……おぉそうだ知っているかヤコ。貴様は一部の界隈では『鉄壁のスカート』と言われているらしいぞ」 「何をメタなこと……!」 「まぁ、我が輩の前では特に鉄壁でも何でもないのだがな」 「な、にを、す!!!」 非難の声が途切れます。何とまぁ、ネウロ様が、スカートめくりを! まぁ、何ということ…!! まぁまぁまぁまぁ…………!!! 「…………ここは更に、薄っぺらな布切れのみではないか。このようなもの、着けても着けなくても同じだろうに」 「こん…の……」 こちらからもはっきりわかるほどにワナワナ震える弥子ちゃんは…… ネウロ様が一瞬見せた、苦々しい表情に気付かなかったようでした。 そして私は髪留めによる共鳴のせいか、それまでずっと流れ込んできていたネウロ様のご機嫌な感情の波にほんの少し紛れ込んだ苦い感覚に気付かされてしまったのです。 「今時分はそんな柄が流行っているのか?色気とやらが皆無だな」 「信じらんない…信じらんない…… 距離感おかしいしデリカシーもないとはわかってたけど、ここまでだなんて、ほんっと信じらんない!」 「そう誉めても、何も出ないぞ」 「ほめてない! 色気なんてあんたに関係ないし、カピバラ柄の何が悪いのよっ」 あ。またネウロ様がほんのちょっと表情を崩した。そしてこの嫌悪感のような感覚…… 私からもちらりと見えた弥子ちゃんの下着の柄は、確かにカピバラでした。ネウロ様もしかして、カピバラが嫌いなのかしら。 これは面白いことを知りました。 いつもの弥子ちゃんなら簡単に気付けたかもしれないのになぁ…スカートめくりなんてされた羞恥が圧倒的過ぎて、無理だよなぁ。残念…… それからすぐにその騒ぎはお開きとなりました。弥子ちゃんはぷりぷりしながら帰宅して、静かな室内でネウロ様と私は事務作業に専念しています。 ネウロ様ったら、今日はとんでもないことしてくれましたが。 私は今日、ネウロ様と弥子ちゃんのやりとりを見ていて、何だか…… ふたりがほんとの意味でもっと仲良くいちゃいちゃしてくれたらいいのになーって考えてしまった一瞬がありました。 まさか、ね。私もネウロ様のヘンなところにあてられてしまってるのかしら。いけないいけない。 セクハラはダメ絶対、です!! 了 ※ ※ ※ ※ ※ ネウロさんのカピバラ(都庁並み)嫌いがどれだけのレベルなのか知りたいものです笑 タイトル通り、まだネウヤコになる前の話のつもりでかきました ペリドット的なネウヤコだと、もはやスカートめくりなんて児戯どころの話ではないので(笑) そして、めちゃくちゃ久しぶりにあかねちゃん語りをかきました ペリドット復活は一年ちょっと前の一昨年の暮れですが、前はしょっちゅうやってたあかねちゃん語りがすっかり鳴りをひそめてたことに気付いてても、なかなかその題材がなくて やっぱり、あかねちゃん視点は面白いな(笑) ここのところ更新を怠ってたので、文章の作り方を忘れかけてまして。お粗末ですが、読んでくださって感謝です 20210301 <前へ><次へ> |