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short
この指が覚えている


 耳に流れ込むのは、無機質な呼び出し音。それからほどなくして、
『ただいま電話に出ることが出来ません』
 の声。携帯にデフォルトで入っている、機械的なメッセージ音声……


 私はあれから……ネウロが居なくなってからも、時々ネウロが残していった携帯に電話をかけることがある。
 電話帳からのワンプッシュではなく、電話番号を。数字のボタンをひとつひとつゆっくり押して。

 携帯を耳に当てる。こころのどこかで、万が一兆が一の奇跡を信じて期待しているのかも、しれない。あたしは……





 いつだったか…事務所で無意識にそれをしてしまったことがあって。トロイから着信音が……有名な演歌のメロディが聞こえてきて、私はついつい慌ててしまった。
 幸いあかねちゃんは作業に夢中で気付いてないようだった。

 ……もしかしたらあかねちゃんは…それまでも時々鳴るネウロの携帯の着信音を聞いて訝しんでて、わざと知らんぷりしてくれてたのかもしれなかった、けれど。


 それからは、こっそりネウロの携帯の着信音をオフにした。なるべくかけないように、かけてしまわないように心がけた。
 だけど、つい、かけてしまう。無意識に指が、その番号を。

 解約するつもりはない。あいつが還ってきたときにすぐに返せるように。
 いつか、指の辿る先、鳴り響くコールに応える声が、私の耳を撫でてくれるに違いない、から…………





 ある日、私の携帯の着信履歴を何気なく眺めていたら、他の着信に押しやられてネウロからの着信履歴が消え失せていることに気が付いた。

 ……なんともいえない気持ちに、なった……



 覚悟したのに。
 自分であいつの背中を押したのに。

 ……だからといって、それで全部『大丈夫』なわけがない……



「さて、と」
 自分をかけ声で鼓舞して、私は立ち上がる。バッグを肩にかける。

『弥子ちゃん、ほんとに大丈夫?』
 あかねちゃんが心配そうに三つ編みを揺らした。

「大丈夫だよー。じゃ、行ってくるからね」

 私も、旅立つ。あかねちゃんに笑顔を残して。








※ ※ ※ ※ ※

「まだ残していたのか…」

 ネウロは携帯を手にして呆れたようにも聞こえる声で呟いた。

 私は、
「べっつに、あんたの携帯だけじゃないよ。
 この事務所のもの、出来る限りあの頃のままにしてあるし」
 なるべく素っ気なく聞こえるように言う。

 そのことについて言及されるのが恥ずかしいとか嬉しいとか、思ってないフリをする。

 ふっ…と笑みを浮かべたネウロは、携帯を開いた瞬間に目も見開いた。


「……今はスマートフォンてのが出てきてるんだよ。携帯も進化してるんだね」
 私はネウロの表情の変化には触れずにいた。
「今度、一緒に機種変しようね」
「…………」

 ネウロは携帯のディスプレイを眺めたまま、返事をしなかった。きっと、着信履歴を見ているんだろう。着信音をオフにして以降、ネウロの携帯をいじってないから、私は一体その携帯に何度電話をかけたのか知らない。覚えてない。

 だけど、何だかとても恥ずかしくなってきて、飲み物を取りに行くフリして私は給湯室に逃げ込んだ。
 フーッと深呼吸する。すると、ポケットの携帯から着信音が。


 ドリカムの、あの、曲が……


 何でだろう、たった今までネウロの目の前にいたのに、手が震える…………


「……もしもし」
『お久しぶりです、先生。
 久方ぶりの僕の『声』は如何ですか?』

 …………うっかり、泣きそうになっちゃった。給湯室に逃げといて良かった。

「……相変わらず、憎たらしい声」
 震える声を励まして、私はそれだけを言った。









時系列的に、otherの『日常は、かくも愛しき』の直前の話って感じですかねー


弥子ちゃんの携帯のネウロさんからの着信音はmainとかで出てきた設定をそのまま使ってます
(DREAMS COME TRUEのLOVE LOVE LOVEって設定なのです。その前はジョーズのあれ笑)

逆に、弥子ちゃんからネウロさんへの着信音は『天城越え』ってことに
(更新してから思い出して、加筆修正しました)


ちょっと湿っぽい話になっちゃったけど、原作でネウロさんがいなくなったことを知った直後の弥子ちゃんの表情がどうにも印象的すぎて

前もネウロさんの語りで『覚悟出来てもそれで全て決する訳ではない』的なことかきましたが、やっぱり前に進んでてもどこかでふっとなってしまうんじゃないかなぁって、はたは思うわけですよ


ここまで読んで下さってありがとうございます


20200713

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