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〜ことばの待ち人〜 02
「何で?
愛することと憎むことは、正反対じゃん」
思った通りの反応であるのが面白い。
「愛憎の“愛”と“憎”は源を同じくする表裏一体の心理であり…
“愛憎”と“忘却”は、相反する対極の心理なのだそうだ。正式な心理学ではないが」
ヤコは顔をしかめる。
「んー…わかんない…」
さもあろう、我が輩もそれを見るまでは知らなかったし、思いよりもしなかったことだ…
「愛の反対は憎しみではない
愛は無関心へと変化する…
だそうだ。
…あの女が殺した男に対して突き詰めた絶望を抱いていたならば、とうに忘れ去り、このような事態にはならなかったであろう?
だがそうはならなかった…
憎むということは、心にその面影を宿し続けるということ。
想いの形が違うだけで、根底に違いはないのではないか?
それに…
“愛情”と“憎しみ”はこころに同時に存在出来ようが、それらと“忘却”では不可能であろう」
そう言ってやると、ヤコはしばし考え込む。
この我が輩が『愛』などという言葉を口にし、人間の心理を人間のヤコに言い聞かせることになろうとは…
何とも妙な心地にならざるを得ない…
「『愛は無関心へと変化…』
かぁ…それって…少し寂しいね…」
ヤコは呟く。
「だが真実であろう。そうは思わんか?」
「……わかんない」
わからないということは……
そこまでの感情を他者に対して抱いたことのない、まだ子供である証であり…
これまで関わってきた者共を、様々なかたちで想い想われ生きてきた証でもあり……
憎しみなどに転じるほどの激しい情を抱いたことなどないのであれば…
忘れ去るほどの無関心へと変化したことも…なかったに違いないのだ……
―忘却の彼方へと存在を追いやられるのならば、いっそ……―
「…だから貴様が我が輩を忘れることは、我が輩決して許せんということだ…」
ヤコは瞳を見開き、
「何、その唐突なセリフ」
もっともなことを宣う。
及ぶ思考の末を口にした為、ヤコには唐突過ぎたのは当然であった。
「第一さ、忘れるなんてまずありえないでしょ?いっつも一緒にいるのに」
「……」
そうではあるのだが……
我ながら愚かなことを口にしたものだと思う。
「忘れるワケないよ。
…そうでしょ?」
「………」
…この、心もとなさ、物足りなさは…何であろうか…?
「…あ…ここ…」
しばし黙って歩いていると、ヤコが右手の方向を見やり、呟いた。
その先に何があるのかがわかっていながら…我が輩もそちらを見る。
そこは、いつか立ち寄った公園であった。
ヤコは、縋るようにスーツを握っていた手を離し、頭を掴む我が手を振りほどき、小走りで少し先を行き、振り返る。
「…ね、ちょっと寄ってこ?」
我が輩は振り切られた手を眺め、
「…好きにしろ」
出来るだけ素っ気なく聞こえるように、返した。
同意を求めてはいたが、拒否する理由など、なかった。
拒否など…出来る筈がない…
ヤコは嬉しそうに公園へと入ってゆく。
日はとうに落ち、夕闇に沈む公園。
仄明るいのは、月夜であることと、点在する照明が、周囲を照らしているからだ。
いつかの夜と、同じ……
あの、そびえ立つ大木に、ヤコは真っ直ぐ向かう。
ピタリと立ち止まり、振り返った。
「ここは、何でかあたし、忘れられない場所なんだ」
月明かりの樹を背にし、後ろ手に、笑う…
「………」
「ううん…忘れたくないの…」
……わかっていて言っているのか…?
この女は……
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