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short
コーヒーふたつ

「…あ」
「ん?」


ふと足を向けた、駅前の喫茶店。

隣のレジで注文をしていた制服姿の少年がふと此方を振り返り、小さな声を上げた。

じっと俺を見上げる少年を、何だか見覚えがあるなぁ、なんて思いながら見返す事数秒。不意に彼はぺこっと俺に頭を下げた。


「あの、この前は、どうもありがとうございました」
「…あぁ、傘の」


その仕草と言葉に、思い出す。

一週間程前、雨の降っていた日に、気まぐれに傘の下を貸して、何だかんだで家まで送り届けた高校生だ。

雨に濡れてもいなくて傘の下にもいない少年は、この前見た時と少々印象が違う気がした。

色素の薄めなチョコレート色の瞳が、くるりと瞬く。


「…あの、もうお金払っちゃいました?」
「会計? まだだけど…」
「あ、じゃあすみません、この人の分も一緒でお願いします」
「はっ?」


後半の言葉は、店員さんに向けて。

俺の意思を確認する事もなく(接客業としてどうなの!)あっさりと頷いた店員さんに俺の分のコーヒー代まで払おうとする少年の腕を、慌てて掴んで押しとどめる。


「ちょっ、待った待った」
「いいんです、気にしないで下さい。この前のお礼ですから」
「いやいや…、高校生に奢ってもらうとか悪いし」


歳上には歳上の矜持がある訳だけど、そういうのがまだ分かっていないらしい高校生は、引くつもりはないと言うように頑なに首を振った。


「奢らせて下さい。…何か、お礼させて欲しいって思ってたんです」
「うーん…」


何だかなぁ…。

真っ直ぐな瞳に見上げられながら遠慮の言葉を思案するが、結局俺はゆるりと首を振ってその強い視線に投降した。

…まぁ、たかがコーヒー一杯、此処で頑なに拒む方が良くないよな。レジの前で揉めるのも、店員さんに迷惑がかかるし。


「分かった、ご馳走になるよ。ありがとう」
「いえ、お礼をするのは俺の方なんで」


にこっと笑った少年は、出て来たコーヒー二杯の載ったトレイを持ち上げた。

コーヒー代を払って貰ってそのままレジ前で解散する訳にもいかず、お互い連れも居なかった事からそのまま流れで相席する事になる。

自分の分のアイスコーヒーを引き寄せながら、アイスカフェオレにガムシロップを入れてかき混ぜている少年を見つめた。

「…その制服、東高?」
「あっ、はい」


この前は傘の下に隠れていた彼の制服をまじまじと見つめ、そう訊ねてみる。

東高は、俺たちの地元から二駅行った場所にある公立高校だ。俺自身の母校ではないけれど、近所だから知っている。


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あきゅろす。
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