short
雨傘ひとつ
まさに濡れ鼠。小雨の中ならばともかく、本降りになった雨足の中傘を差さないでいるその風体は、なかなかに目立っていた。
駅前、横断歩道の信号待ち。前に並んでいたびしょ濡れの高校生に向けて自分の傘を傾けたのは、気まぐれに近かった。
「え……?」
「…もう、手遅れかもしれないけど。一応向こう側に行くまでは入って行きなよ」
既に制服のカッターシャツが透けるくらいにびしょ濡れになっている少年がきょとんとして此方を見上げたのに、持ち前のフレンドリーな笑顔を向けて囁く。
ぽかんとする少年。…何か変なナンパみたい? でも男同士だし。あぁ、でも男の方がいいって人もいるのかね? よく知らんけど。
クスッと声を漏らして笑うと、少年は僅かに顔を赤らめて頭を下げた。
「あ、ありがとうございます…」
「や、俺の傘結構デカいから余裕あるし。…あ、信号変わった」
俺より5cmくらい背の低い少年の歩幅に合わせながら、人の多い道を横切る。…少年の家は反対方向かな? せっかくだし、方向が同じだったら其処まで入れて行ってあげようか。
「渡ったら方向、右? 左?」
「え? あ、右です」
「なら俺と同じ方向だね。方向別れるまで、このまま行こっか」
「え、いいんですか?」
そう言って此方を見上げる表情に、嫌悪の色はない、かな。この様子なら、そのまま道が別れるまで一緒に行っても問題ないだろう。
気まぐれな好意の押し付けなだけに、相手の迷惑になるならば引いた方がいい。幸い少年は素直に喜んでくれてるみたいだから、お節介したこっちも気分がいいけど。
横断歩道を渡って、右折。くしゅっ、と小さくくしゃみをした少年に、苦笑いする。
「傘、持って来なかったの?」
「いや、持ってたんですけど…。ビニ傘だったからか、コンビニで盗られて。でも新しいの買う金残ってなくて、それで…」
それで、仕方なく濡れ鼠で帰ろうとしてた訳か。何とも災難な話だ。
「俺、一回コンビニで傘盗られてからは、店の傘立てには置かない事にしてるわ」
「俺も今度からそうします…」
ビニ傘どころか、しっかりした傘まで持って行かれる時は持って行かれるからね。
うちの大学にもよく傘をパクられる傘立てがあって、俺は其処には絶対傘を置かない事にしている。
「学校でも盗られる事あるんですね」
「大学は高校より、互いの顔知らない事が多いからね。知らない相手なら、罪悪感も薄いんじゃない? 所詮やってる事は同じだけどね」
「盗られた人は困るとか、考えないんだろうなぁ」
はぁ、とため息を吐く少年。
まぁ、悲しい事だよね。人の気持ちを考えられないって言うか、自分が良ければそれでいいっていうか、罪の意識が薄いのだ。世の中には無自覚に悪い奴がいるものだ。
「お兄さんみたいないい人もいるのになぁ」
「え? あ、あぁー、ありがと?」
ぽつりと言われた一言に、思わず動揺しちゃうお兄さん(俺)。
はにかみながらお礼を言われるよりも、こんな何気ない風に「いい人」なんて言われる方が照れるのは何故ですか。
別れ道に差し掛かる度に「どっち?」なんて問答を繰り返し、なんだかんだ結構な距離を一緒に歩いている俺たち。もしかしたら少年は、意外と俺のご近所さんかもしれなかった。
「…あ、俺の家、其処です」
「そうなの? マジで結構近所じゃん」
少年の指さす家があるのは、俺のアパートから一ブロックも離れていないだろう場所だった。
住所的には、何番地の違い。本気でご近所だ。
「結局、家まで送ってもらっちゃいましたね。ありがとうございました、助かりました」
「いやいや、どういたしまして。マジで方向一緒だったし、気にしないで」
ぺこっと頭を下げた少年に、ひらひらと手を振る。
ちょっと離れて改めてその笑顔を見ると、素朴な感じがなかなか可愛らしい子だ。
うん、今時の高校生にしては擦れてなさそうで感じがいいな。弟にするなら、こんな子がいい。なんて。
ちらりと見た家の表札には、『三浦』の文字。三浦君、か。
「…じゃあ、濡れたんだからゆっくりお風呂で躰温めて、躰冷やさないようにして寝るんだよ。風邪引かないようにね」
「あはは、何から何までありがとうございます」
笑いながら頭を下げる少年にひらひらと手を振り、俺はくるりと傘を回して再び歩き出した。
うん、いい事をした後は、気分がいい。
いくらも歩かないうちに家に着き、少年の笑顔を思い出して俺は小さく笑いを漏らした。
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突発短編。雨の中傘も差さずに駆け抜けてく高校生を見て、ふと思い付いたネタです(笑)
フレンドリーな大学生のお兄さんと、普通の高校生のお話。普通×普通…かな? 攻めは一応割と人好きしてモテそうな顔立ちという設定。
後日近所で再会して、メアドの交換とかからゆっくり関係が始まりそうですw
12/7/4
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