スメラギ スイーツ 「翡翠先輩は、何がお好きですか?」 最早勝手知ったる、といった様子で生徒会室に併設された給湯室で紅茶を淹れて来た鈴が、翡翠の前に湯気の立つティーカップを置きながらそう言った。 ちょうど他の生徒会の正役員は全員出払っていて、生徒会室には会長の翡翠と遊びに来た鈴の二人きり。広いソファーに空白はたくさんあるのに、それでも翡翠は鈴に自分のすぐ隣に座るように促した。 そんな鈴の突然の問いに、翡翠はゆるりと瞳を瞬かせる。何が好きか、とは随分とざっくりした問いかけだ。 (好き、か) 何が好きかと訊かれれば、翡翠がそんな問いを投げかけてきた鈴のことが好きだ。しかしそんな事この場でさらりと言える筈もないし、鈴も翡翠に好きな相手を尋ねた訳ではないだろう。 少し、そう答えた時の鈴の反応が気になりはするが。けれどこの想いはまだ口にするべきではないと思っている翡翠は黙ったままティーカップを受け取り、鈴の次の言葉を待った。 「孝雪先輩はちゃっかりリクエストとかしてきますけど、翡翠先輩からは何がいいとかはあんまり訊いた事がないなぁ……って」 「差し入れの話か?」 「はい」 頷く鈴が今日持ってきてくれたのは、サクサクとした食感が絶妙なガレットだ。程良い甘さで、紅茶にもよく合う。 それを有り難く摘みながら、翡翠はゆるく首を傾げる。 (何が好きか、か) 正直なところ、菓子なんて鈴が持ってきてくれるもの以外はあまり口にしない翡翠だ。 別に甘い物が嫌いな訳ではない。ただ、翡翠にとって菓子は小腹が空いた時に側にあったらそれを摘む程度の存在であり、その種類に興味を払い選り好みするものではなかったのだ。 それが変わったのは、鈴が現れてから。焼き菓子ひとつでも様々な種類があり、毎回多彩な菓子を持ってきてくれる鈴の存在があってこそ、翡翠はやっとその菓子の名前や味を覚える事が出来たのだ。 だから実のところ、鈴が持って来てくれるものならば翡翠にとっては「なんでもいい」。しかし、なんでもいいなんて答えでは、此方を見上げる鈴を満足させる事は出来ないだろう。 では、なんと答えようか。ガレットを摘みながら、翡翠は思案する。 「……鈴が作ってくれるものは、何でも美味しいからな」 「そう言って貰えるのは、嬉しいですけど」 そう言った割には、ほんの少し不満げに鈴が応える。まぁ、この答えでは満足しない事は分かっていたのだが。場つなぎとして口にしただけだ。 「……そうだな」 今まで鈴が持ってきてくれた、様々な菓子類の名前と形を思い浮かべる。どれも甲乙付けがたいくらいに美味しかった。その中でも特に、思い入れが深いものといえば。 「……、マカロン、だな」 「マカロンですか?」 ぱちり、と鈴の飴色の瞳が瞬く。自分には似合わない、可愛らし過ぎるチョイスだっただろうか。翡翠は小さく笑みを吐き出した。 けれど、どれかひとつお気に入りを、と訊かれればやはりこれなのだ。 「初めて逢った時に、貰っただろう? あれがまた食べたい」 「そ…うですか、じゃあ、また今度作ってきますね」 身長差のせいで少し遠い相手の顔を覗き込みながら、極上の笑みを添えてそう言ってやれば、鈴は微かにその頬を鴇色に染めて頷いた。 鈴の作ってくれるものは、何でも美味しいけれど。 「あれが言わば、出逢いの味だからな」 「ふえっ?」 赤くなるその顔のような、ピンク色のマカロンが食べたい。 -------------------- スメラギ書くの久しぶり過ぎて、リハビリなしには本編に戻れなさそうなので、リハビリ翡鈴。本編(6章)時間軸くらいでの翡鈴の距離感で…って思ったんですが、安定の「これで付き合ってないだと…?」でしたね(笑) 翡翠自身、普段はあんまりお菓子の種類とかに興味はない人です。疲れた時、生徒会室に孝雪とかが持ち込んだお菓子があったら貰うくらい。でも鈴のお菓子は特別です。美味しいし、好きな人だものww 14/5/12 ≪ ≫ [戻る] |