スメラギ
青い傘
ぽつり、と雫の滴る感触に瞼を開けた。
「……あ」
うたた寝をする前は覗いていた筈の太陽はいつの間にか灰色の重たげな雲の下に隠れ、ぽつぽつと空から雨粒が落ちてくる。
肩を、鼻先を、髪を濡らしていく雫に、寝起きの椿はゆるりと瞳を瞬かせた。
「…雨」
「そうですね、雨です」
「え?」
降ってくる雫に、それを避ける場所に移動するでもなくぼんやりと呟いた椿の上に差す陰と、言葉と共に差し出された青い傘。
きょとんとする椿に向かって柔らかく微笑み、雅弥は僅かにしっとりと濡れた蜂蜜色の髪を掬った。
「ちょっと遅かったみたいですね。すみません」
「どうして……此処に?」
瞬きながら彼を見上げる椿に、雅弥はなんでもないように笑う。
「急に空模様が変わったもので。この時間なら誰かさんは外で呑気にお昼寝してる事が多いから、雨が降り出す前に回収しないとな、と」
でも間に合わなかったみたいですね、と椿の濡れた頬を拭う雅弥に、椿は飴色の瞳をぱちぱちと瞬かせる。
どうして、こんなタイミング良く自分を見付けて、こんな風に傘を差してくれるのか。
その疑問は口にせずとも、視線で伝わったのだろう。椿に傘を差し出したせいで背中が濡れてしまっている彼は、そんな事はおくびにも出さずに笑った。
「だって俺は、あなたの恋人ですから」
貴方がどこにいても分かりますし、ちゃんと迎えに行きますよ。
そう、蕩けるくらい甘い笑みで言うものだから。
「あ…」
雨粒に濡れて僅かに冷えた頬が、じわじわと熱を帯びる。いつもの無表情は変わらず、けれど瞳だけは蕩けて肌は朱味を帯びた椿に、雅弥はレンズの下の瞳を細めた。
「かわいい」
一学年年下の筈の彼は、椿に向かってそんなことを言う。それでも椿にとっては彼からの「かわいい」は嫌な言葉ではなくて、寧ろ恥ずかしいけれど嬉しいようなくすぐったい気持ちになる。
何か言いたくて、でも言葉が見つからずにはくはくと開閉する薔薇色の唇の上に、すっと近寄ってきた彼の唇が、触れた。
「……冷たいな」
触れた唇は、椿にとっては熱く。その分、彼の側には冷えて感じたのだろう。雅弥は一瞬だけ触れ離れた唇を人差し指でなぞると、促すように椿の腕を取った。
「さ、早く戻って、カフェテリアで温かいココアでも飲んで身体を温めましょう」
「…うん」
彼に腕を引かれて立ち上がり、一本の青い傘を分け合って校舎の方へと戻る。
しとしとと降る雨の中、椿は口を開いた。
「……、カフェテリアより、僕の部屋で紅茶を淹れてよ」
雨で少し、冷えた筈の頬。そこにまた熱が上っていくのを感じながらそう言うと、雅弥は愉快気に唇を吊り上げた。
「あなたがそう望むなら、喜んで」
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椿と雅弥とにわか雨。
梅雨入りしたからと書いた話ですが、二人がもう付き合ってるという時期からしても6月辺りの話ではなさそうです(笑) 多分秋くらいかな?
椿お兄ちゃんはよくお外をふらふらしてるので、すっかり回収に手慣れた雅弥くんですww
14/6/12
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