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第19話 飲み込んだ叫び

 香澄は食卓に置かれた茶碗を見て、こまった顔をした。
 ピンク色の新品の茶碗は香澄用のものだ。香澄は茶碗のなかの、うずらのたまご何個か分ぐらいしかない白米を見て目を丸くした。それから台所で支度をしている形兆を見て苦笑する。

「さすがに、にわとりのたまごぐらいは食べれるよ……虹村くん極端〜! あははは!」
「うわっ。こりゃあ少なすぎんだろ兄貴ィ。いじめかよ〜」
「……じゃてめーがよそえよ。自分のぐらい」
「うん、そうさせてもらうね。いつもおいしいごはん作ってくれてありがとう」

 羞恥に駆られてぶっきらぼうに形兆が言うと、香澄がくすっと笑った。
 緊張はあるものの、以前よりもずっと柔らかい表情だ。
 命じられるがまま香澄が茶碗を持って台所まで来るので、形兆は持っていたしゃもじを手渡す。
 拍子に指先と指先がかすめる。思わず呼吸を止めるが、香澄は気付いていないかのような態度で米をよそいはじめた。
 ――昨日はあんだけ恥ずかしがってたくせに。
 意識したのは自分だけかと、なんだかむしょうに苛立ってくる。
 むすっとしながら隣をすり抜けて着席する。

「いただきます」
「……待ってくれてもいいのに」

 香澄を待たずに食べ始めると、椅子に座りながら香澄が唇を尖らせた。
 億泰は律儀に香澄を待っている。二人で声をそろえて挨拶をして、食事にぱくつき始める。
 よくしつけられたものだ、と形兆は皮肉げに思った。

 香澄と同居したことによるもっとも大きな変化が、億泰の素行がすこぶるよくなったことだった。
 ものぐさの億泰が、香澄に言われれば素直に部屋の片付けをはじめ、勉強をし、朝まじめに起きるようになる。形兆が言い聞かせてもだらけているだけなのに、だ。
 驚くべき変化だ。
 なんでもかんでも形兆に頼っていた億泰が、なるべくでも自分でやろうという意志を見せ始める。それは喜ぶべきことなのかもしれない。香澄が見守っているから、形兆がむやみに心配したりハラハライライラする必要もない。形兆の負担は確実に減っている。

 だが――形兆は億泰のなかの優先度を見せ付けられたようでいい気がしなかった。
 普段なら形兆に訪ねることも、まず香澄に聞いてから形兆に訪ねるのだ。この地区のごみ出しから学校の勉強まで、なにを置いても先ず香澄に質問する。
 億泰にしてみれば、それは普段忙しい兄への気遣いだが、残念ながら形兆には伝わらない。
 むしょうにイライラする。


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