回答拒否
18話 4
「そっか」
「どうした」
「なんでも」
「言えよ」
「……虹村くんが。ココア飲むの付き合ってくれるのかなって……思ったから」
遠慮がちな声。心底わけがわからない。付き合ってやれば香澄は喜ぶのだろうか。
香澄の目の前にいるのは億泰ではなく形兆だ。それなのに、そばに居たがるような発言をする。
自分のことをどう思っているのだと切実な疑問が口をついて出そうになった。さすがに自意識過剰だろうと言葉を飲み込む。
誰でもいいからそばに居てほしい夜が、誰にだってあるものだ。香澄にとってそれが今夜なのだろうと無理矢理に納得させた。
猫模様のマグカップは香澄の私物だ。それにココアを作ると、リビングに移動する。テーブルに無造作にマグカップを置いた。
その向い側に座る。
「え?」
「さっさと飲めよ」
「……ありがとう」
椅子に座った香澄が頬を染めて、ココアに口をつけた。瞬間、眉をしかめて舌を出す。熱すぎたらしい。
ふうふうと冷まし始める。早く飲めという形兆の言葉を真に受けて、必死に冷まそうとしている。
その様子を見ながら、常にピシっとしている形兆に珍しく、彼は頬杖をついた。会話を拒絶するように顔をそむける。
コチコチとなる時計の音と、香澄がココアをすする音だけが響く。
しばらくじっとしていたものの、形兆は耐え切れなくなって口を開いた。
「おい、あんま見んな」
「ご、ごめんね」
「ったく……」
香澄は慌ててココアに視線を落とす。だがすぐに形兆を視線を戻す。頬を赤くして、口をぽかんと開けた、惚けた表情で。
手に持つココアのことをすっかり忘れているように。
「おい」
「ご、ごめんね」
「……顔になんかついてるか」
「そういうわけじゃないんだけど……」
「じゃあなんだよ」
「なんでもないです」
「不愉快なんだよ」
思い切り顔をしかめると、香澄は申し訳なさそうに唇をごにょごにょとさせた。
時折、思い出したようにココアを飲む。
「耳見てたの」
「耳ィ?」
「綺麗な形だなって」
思わず耳を押さえた。そんなことを言われたのははじめてだ。
香澄はじっと形兆を見つめている。
「ピアス、最近つけてないみたいだけど」
「壊れたんだよ」
「そうなんだ、似合ってたのに残念だね」
好みのピアスが以前壊れてしまってから、耳寂しい日々が続いている。
形兆を盗み見る視線がむずがゆい。
香澄の目線は熱に浮かされたようにぽーっとしていて、形兆はまた風邪を引いたのかと心配した。
ふと、形兆は疑問を口にしてみた。
「もしかして、俺のメシ……」
「なあに?」
「お前には多すぎんのか」
「……す、こしね。多いかな」
控えめに言うものの、痛いところを突かれたという表情だ。
形兆の家は『食べて治す』という家だった。風邪を引いたときには精をつけるために肉を食べ、治ったときには今までの栄養を補給するように食事する。
好き嫌いをせず栄養を取り、外に出て遊んで体力をつければ病気にならない。そういう思想だ。
形兆自身、病気をした母親がなにも食べずにやせ細っていくのを見ていたから、その考えはなおさら強くなった。
だから香澄に出す食事は自然と多くなった。精をつけてほしかったからだ。
香澄はいつも、最後はムリヤリ喉にごはんを詰め込んでいた。苦しげな表情をしていたが、そうすれば身体が丈夫になると信じていたから完食させた。香澄が残せば億泰の腹におさまる。何も言わないのだから、食べれるのだろうと。
だが、それが負担になっていたのかもしれない。
形兆は舌打ちした。
「次からは少なくする」
「で、でも大丈夫だよ」
「ムリしなくていい、迷惑だ」
「……そうだよね。ごめん。食費もかさんでるのに」
「そうじゃねぇよ」
「え?」
香澄は困った顔で首をかしげた。
ココアのときには、形兆の言葉をいいように解釈するくせに、こういうときは後ろ向きだ。
とはいえわかってもらおうとは思わない。
見ればマグカップは空になっている。無言で掴んで、台所で洗った。
香澄も立ち上がっているので、二人で階段をのぼる。
「ありがとう。……おやすみなさい」
自室に入るとき、ぎこちなく声をかけられた。形兆はそれを無視した。
後ろ手に扉を閉めてベッドに体を横たわらせる。溜息をつくも、こわばった身体はなかなかほぐれてくれなかった。
香澄の声は緊張気味だったものの、ピンクスパイダーが伝える感情は落ち着いていた。
だというのに形兆の心はさざ波のように揺らいだ。心が罪悪感にひっかかれて、苦味となって口に広がる。
今回の『おまじない』は効きそうになかった。
2014/2/21:久遠晶
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