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回答拒否
回答拒否第一話 お近づきの印はチョコミントで

 砂原香澄は平凡で目立たない少女だ。
 クラスメイトの聞き役で、自分からなにかを始めたりするようなタイプではない。休み時間に友達とバカ笑いをするよりも、窓際の席でそっと本を読んでいるのが似合う。
 形兆から見た、今まで一度も話したことのない少女の評価はそんなものだった。

 帰りのHRが終わり、放課後。
 友達と話しながら荷物を整えている背中に形兆は声をかける。

「香澄ー、早くかえってパフェ食べよーよ」
「ちょっと待ってね、すぐ荷物まとめるから」
「砂原」
「なぁに? ――虹村くん」

 昨日の夜、スタンド使いであることが発覚した少女――香澄は、形兆の姿を認めると嬉しそうにはにかんだ。
 親しい人にしか見せない親密な笑みに形兆はすこし驚く。

「どうしたの? 虹村くん」
「今日は先約があるだろう」
「先約? でも……」

 首をかしげる香澄に、形兆はバッド・カンパニーを一体だけ発現してみせる。それですべてを察したらしい香澄は、頷くと友人に手を合わせた。

「ごめんっ。今日予定あったんだ……パフェはまた今度ね?」
「予定って虹村と? はっは〜ん……ま、いいわ」

 検討違いの察し方をした香澄の友人が、形兆のほうに香澄を押してくる。
 不本意な誤解だったが致し方あるまい。甘んじて受け入れ、形兆は香澄を伴って教室から廊下へと歩き出した。

 昨日は香澄に抱きつかれたあまり思考が糸を結ばず、内心でうろたえている間に香澄が家に帰ってしまったので、なにも話せなかったのだ。
 ようやっとスタンドの話ができる。期待は禁物だとわかっていても、つい学生鞄を握る手に力がはいる。
 きびきびとした形兆の歩幅は人よりも広い。小柄の女生徒との歩幅差を埋める気が形兆にないから、自然と香澄は先を歩く形兆を小走りで追いかける形になる。

「いったいどうしたの? もしかして昨日のこと?」
「お前のスタンドについて二、三聞きたいことがある。本当は昨日のうちに質問できればよかったんだがな」
「出来れば楽しくお話ししたいんだけど、虹村くんにはその気がないみたいだね」

 残念そうな声音に、思わず立ち止まって振り返る。
 香澄の言うように、スタンドの話を楽しい歓談にする気はなかった。香澄のスタンドが形兆にとって『必要』なものなのかどうかの見極めをしたいだけで、香澄と仲良くなろうという気はこれっぽっちもないからだ。
 真意は父親への殺意で、それを理性でくるんでいつもの声に乗せた。

 香澄はすこし怯えた表情をしていた。困ったように形兆を見上げ、学生鞄をきゅっと握っている。香澄のこの表情だけでは、形兆の隠された感情をどこまで感じ取ったのかはわからない。
 相手の本心を探ろうとしているのはお互いさまだろう。

 ふいに香澄は微笑むと、小走りになって形兆の前に躍り出た。

「わたしに答えられることなら、なんでも答えるよ。そのかわり、虹村くんのことも教えてよ」

 窓から差し込んだ夕日が香澄の髪に光の環を作り、風できらめく。スカートがふわりと膨らみ、やがてもとに戻っていく様子は、どこを切り抜いても一枚の絵画として成立しそうなまぶしさがあった。

「知りたいの、虹村くんのこと」

 日だまりの中で手を差し出す香澄に、影のなかにいる形兆はなにもできなかった。
 手を拒否されても、香澄はさして気分を害さなかった。すこし残念そうな顔をして笑って、行こう、と形兆をせき立てる。
 形兆はハッとすると、平静を装って歩き出した。


 校門に差し掛かったところで、門に寄りかかる見知った影があった。
 億泰は兄である形兆に気づくと手をあげ、形兆の傍らを歩く香澄に気づくときょとんとする。

「あれェ、どうしたんだよ兄貴ィ」
「あれ。虹村くんって弟さんがいるの? それとも舎弟さん? 確かに虹村くん優等生だけど改造制服だもんね」
「舎弟ってオイオイ。俺が弟以外に見えんのかよォ」

 香澄のとんちんかんな納得に、億泰があきれた声を出す。
 中学生にしては非常に背が高く強面の億泰にじっと見据えられれば、たいていの少女は怖がるものだ。
 香澄は怖がるどころか億泰との距離をつめ、まじまじと見つめ返した。

「だって、あなたはなんだか不良さんって感じ」

 まっすぐな目にすこしたじろいだ億泰は、困ったように形兆を見上げる。

「兄貴のオンナにしちゃあバカっぽすぎねぇ?」
「えっ、わたしはわたしで、誰かのものじゃあないよ」

 香澄の言葉は正しい。正しいが、会話の流れとして適切ではない。
 困ったように訂正する香澄に恥じらう様子はないので、億泰の言葉の意味をきちんと把握しているか疑問が残る。
 ――ぼんやりしているのか鋭いのかわからない女だ。
 ため息をつきそうになりながら、形兆は閉じていた口を開く。

「そいつはスタンド使いだ。砂原、こいつは弟の億泰だ」
「はじめまして、砂原香澄です。虹村くんの弟くんも、その、わたし? わたしたちみたいな……?」
「オウ、スタンド使いだぜ」

 億泰がザ・ハンドを発現させると、香澄は驚いて口許を隠した。

「ずっと、見えないお友達がいるのはわたしだけだと思ってたの……。それが今日だけで二人もお仲間に出会えるなんて」

 スタンド能力のせいで孤独な幼少期を過ごしたのかもしれない。
 形兆に対してのように抱きつきこそしなかったが、香澄は感激のあまり泣きそうになっていた。


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